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第5話 沢田くんとラブの予感


【どうしようかな……ここは佐藤さんの消しゴムだけ買って、また次の休み時間におじさんを買いにくる? でも次の次って確か体育だから、着替えとかしてたら時間がなくなりそうだし、第一面倒だ……。くそ、こんな時に俺は何やってんだ! おじさんがついてるシャーペンなんかを見つけてしまうなんて、運が悪すぎる! 俺ってヤツはいつもそうだ──修学旅行でみんなが芸能人を見つけて騒いでいる時に一人だけUFO見つけたり、肝だめしでみんなが人魂ひとだまが出たーって騒いでいる時に一人だけ河童見つけたり……! 運が悪すぎるんだよ、いつもいつも!】


 沢田くんはものすごく葛藤している。

 運が悪いどころか、そんなレアな瞬間をゲットできてる沢田くんはすごいと思うんだけど。

 っていうか、このおじさんはUFOや河童のくくりなのね。たしかに、UMAっぽいっちゃぽいな。


 私がいるから沢田くんはおじさんを買うのをためらっているんだなと思うと、申し訳ない気持ちになってくる。

 そうだ。

 だったら、今買っても大丈夫な空気にしてあげればいいんじゃない?


「あっ。何それ、超可愛い!」

 私はわざと明るい声を出しておじさんを指さした。

 沢田くんの肩がビクッと縦に揺れる。


「おじさんつきシャーペンだって。可愛いなあ、超欲しい!」

「えっ……」


 沢田くんは意外そうな目をして私をチラ見した。


【可愛い? 佐藤さんもこのおじさんが気になるの? 俺だけじゃなかったんだ、こんな変なの欲しがるの】


 変なのっていう認識はあるようで、とりあえずホッとする。


「買っちゃおうかな? あ、でもちょっと恥ずかしいかな? 沢田くんはどう思う? こんなの欲しがるなんて、おかしいと思う?」


 私は上目遣いで沢田くんに聞いてみる。


「……【おかしくないよ、全然おかしくない! 俺も欲しいし! ……って、言えよ、バカ! なに無言になっちゃってんの。今おかしくないって言っておけば、買うためのハードルがめっちゃ下がるんだぞ! さーわーだーくーん!! もしもーし、聞いてますかあ⁉︎】」


 テンションの高い心の声とは裏腹に、沢田くんは冷めた顔つきで「ううん」と首を振る。


「どのおじさんがいいと思う? やっぱり土下座かなあ?」

「【いやあお嬢さん、お目が高いね。俺もそれがいいと思ってたんだよーーー!!!】……うん」


 私は笑いを堪えながら、土下座のおじさんを手に取った。

 よし、あともう一押し。


「うーん、やっぱり一人で買うの恥ずかしいから、沢田くんも一緒に買わない? 私、こっちの飲んだくれにするから、沢田くんは土下座の方でどう?」


 沢田くんの瞳がちょっぴりキラキラとし始める。


「【ええええーーっ! 俺が土下座もらっちゃっていいのっ⁉︎ マジで⁉︎】……うん【あああ、ありがとうありがとう佐藤さんっ。゚(゚´ω`゚)゚。】」


 私は手に取った土下座のおじさんを「はい」と沢田くんに渡した。

 ほわほわな空気を沢田くんから感じる。 


 沢田くん、喜んでいるみたい。良かった。

 笑いながら飲んだくれのおじさんを手に取ろうとしたその時だった。

 沢田くんがボソッと、心の中で呟いた。




【佐藤さん……マジ天使】




「えっ」


 カッシャーン! と音を立て、私が取り出そうとしていた飲んだくれおじさんつきシャーペンがペン立てごと床に落ちた。


【わっ、びっくりしたー】

「ご、ご、ご、ごめんなさいっ……」


 バラバラにぶちまかれたシャーペンを一本ずつ拾い始めると、沢田くんも膝を曲げて一緒にシャーペンを拾い始める。



 動揺しちゃった。

 ……沢田くんが私のこと天使だなんて言うからだ。

 恥ずかしい。そんなガラじゃないのに。

 私なんてただの目立たないモブ顔の女子なのに。


【ドジだな、佐藤さん】


 目の前でペンを拾ってくれている沢田くんの声がする。優しくて穏やかな声で、彼は言う。


【可愛い】


 ボッ! と顔から火が出るかと思った。

 沢田くんと同じシャーペンを拾おうとしていた手を慌てて引っ込める。


 か、か、か、可愛い……?

 それ、私のこと? 飲んだくれおじさんのこと?

 どっち⁉︎

 飲んだくれおじさんと天秤にかけられる時点でおかしいけど、どっち⁉︎



 ペンを拾い終わった沢田くんが、顔を上げて私を見た。彼の漆黒の瞳の中に、吸い込まれそうなほど煌めく光がある。改めて、なんて綺麗な顔をしている人なんだろう。


【どうしたんだろ、佐藤さん。俺の顔じっと見つめちゃって……】

「な……! ううん、何でもない、拾ってくれてありがとう!」



 私はロボットのような動きで飲んだくれおじさんのついたシャーペンを受け取り、ペン立てに差して棚に戻した。彼に背を向けたまま、消しゴムコーナーに移動する。


 顔が熱い。

 やだもう。沢田くんの顔が見られなくなっちゃう!

 変なこと考えないでよ、沢田くん!


 私の変な態度に気づいたのだろうか。沢田くんが不安げな声を出す。



【佐藤さん……なんか変。急に俺に冷たくなった? もしかして俺、嫌われた⁉︎ なんでなんで⁉︎ あっ、もしかして鼻の穴からめっちゃ長い鼻毛が出てたとか……⁉︎ 耳の穴から尋常じゃない耳毛が出てたとか⁉︎】



 いや、マジで変なこと考えないで、笑っちゃうから。









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