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第4話 沢田くんと購買


「さ……佐藤【さん】」


 チャイムが鳴り、数学の小テストが終わったので耳栓を外した時だった。

 右隣から聞こえてきた声に驚いて、私は振り向いた。


 それは、沢田くんの声だった。

 まさか沢田くんの方から声をかけて来るなんて思いもよらず、私はちょっぴりドキドキした。


【あっ、あっ、どうしよ、やっとこっち向いてくれた。佐藤さん、全然気がついてくれないからどうしようかと思ったよ! やっぱ俺の声小さすぎ? 発声練習した方がいいかな? あーあーあー。アメンボ赤いなアイウエオ!! って、バカ。頭の中でやったって意味ない】


 うん。意味ないね。

 私はにっこり笑いながら「どうしたの?」と言った。

 沢田くんは眉間に皺を寄せ、低い声でつぶやく。


「…………消しゴム」


【消しゴム、半分にしちゃってごめん(>人<;)】


「うん」


「…………購買」


【購買で、買い直すよ! 倍返しにするから許して〜〜!!(>人<;)】


 そして沢田くんは唐突に立ち上がり、教室を出て行こうとする。名詞を二つも言えて満足したらしい。私以外だったら伝わらなかった可能性があるけど。


 沢田くんは律儀な人だ。ちゃんと買って返してくれようとしているのが嬉しい。

 でも、沢田くん、購買でどんなふうにお買い物するんだろう。

 品物見ながらめっちゃ頭の中でいろいろ考えそう。

 想像していたら、覗き見したくなってきた。


「待って、沢田くん!」


 ガタン、と椅子を鳴らして私も立ち上がり、沢田くんの後を追いかけた。

 先に廊下を歩いていた沢田くんの背中は、スラッとしていてカッコいい。

 そこにいるだけで絵になる人だ。沢田くんとすれ違った女子が赤い顔をして彼を二度見する。本来なら私なんて簡単に声をかけられないくらいのイケメンだし、高嶺の花なんだろうと思う。


 それでも私が彼に対して親しみを感じてしまうのは、やっぱりこの声が聞こえるからだ。


「沢田くん、私も一緒に行ってもいい?」


「えっ……【あっ、佐藤さん⁉︎ 追いかけてきたの、なんで、なんで? もしかして、佐藤さん、俺と一緒に買い物したくて……? いやまさか。俺なんかと一緒に買い物したって絶対楽しくないって。やめた方がいいよ、佐藤さん! そんなに気を遣わないで、佐藤さん! あっ! それとも、俺がとんでもなくダサい消しゴム買うんじゃないかと心配になったとか⁉︎ そういえば昔、ゾウのうんこみたいな色の消しゴム買ってきてバカにされたことある。こんな俺のセンスに任せるのはやっぱり不安だよな⁉︎ たかが消しゴム、されど消しゴムだよ。佐藤さんが全面的に正しい】……うん」



 ゾウのうんこってどんな消しゴムよ。

 たしかに、ちょっと不安だわ。




 購買部は東館一階の突き当たりにある小さなコンビニのようなスペースだ。

 そこでは授業で使うガチの文房具と、マスクや絆創膏などの衛生用品、おにぎりやサンドイッチ、お茶などの限られた食料品が売られている。

 コンビニが遠いので、校内でノートや消しゴムなどが手に入るのはありがたい。体操服や制服のネクタイなども注文書を書いてレジカウンターに出せば、ここで受け取りが可能となる。


 中に入っていくと、あまり愛想のない三十代くらいの女性事務職員が沢田くんをチラ見した。

【おお、超イケメン】

 隣にいる私は目に入っていない様子。ええ、はいはいどうせモブですよ。


 するとその時。

【わあ、なんだこれ⁉︎ めっちゃ気になるー!】


 沢田くんの心の声がガーンとボリュームアップした。

 何が気になるんだろう。

 彼が立っていたのはシャーペンやボールペンがズラリと豊富に揃っているコーナーだった。その一つに、彼の目は釘付けになっていた。


 こっそり覗いてみると、どうやら彼の視線の先のシャーペンの頭に何かマスコット的なものがついている。


 商品名は「おじさんつきシャーペン」


 その名の通り、シャーペンの上に哀愁漂うサラリーマンが乗っており、彼らが土下座していたり、飲んだくれてネクタイを頭に巻いていたり、電車のつり革につかまっていたりとさまざまなポーズを取っている。


 本当に、なんだこれ。めっちゃ気になるよ。沢田くんの言う通りだ。

 いったい誰がこんなものを欲しがるのか、謎だ。



【ヤバい。意味不明すぎてちょっと欲しくなってきたんだけど】



 あ、ここにいました欲しがってる人。



 私は思わず彼の横顔を見る。相変わらず無表情に見える沢田くんだけど、心の中は熱い。


【うわー、どうしよう。300円かあ、ちょっと高いよ。おじさんが上に乗っているだけなのに普通のシャーペンの二倍の値段だよ? このおじさんにシャーペン1本分の価値があるってこと? まあ、それはあるか。確かにうなずける……この飲んだくれた表情とか、土下座の背中の曲がり具合……完全な社畜感が出ているもんな。クオリティー高い。ある意味可愛いかもしれんと思えてきた。会社で何が起きたのか想像し始めると夜も眠れん。なんならコンプリートしたい。おじさんと会話してみたい。あああ、でも……】



 沢田くんが五ミリだけ私の方に視線を動かした。



【こんなの買ったら、佐藤さん俺のこと……変な奴だって思うかもしれない】



 安心して、沢田くん。

 もう私、あなたのこと変な奴だって思ってる。






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