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沢田くんはおしゃべり
ゆづ
現実世界ラブコメ
2024年10月01日
公開日
52,063文字
連載中
無口で何を考えているか分からない隣の席の沢田くん。でもごめん。私には聞こえちゃうんだ。あなたの心の声が。
見た目はイケメン、心はヒヨコな沢田くんと隣の席の佐藤さんのほのぼの学生ライフ。

第1話 沢田くんと私

 何の取り柄もないというと少し悲しいけど、私はどちらかというとそういうタイプかなと自分では思っていた。


 成績は普通だし、顔立ちも派手じゃないし、ピアノを弾けるわけでもないし、星の名前に詳しいわけでもないし。


 名前だって佐藤だし。日本で一番多い苗字だし。高校二年でクラス替えしたこの教室にも、すでに三人もの佐藤がいて、私はその真ん中の佐藤。

 前の席の佐藤は杏里あんりちゃんていう、ハーフっぽい美女で、後ろの席の佐藤は麻由香まゆかちゃんっていう、おしゃべりで元気な子なのね。


 ちなみに間に挟まれた私の名前は景子けいこっていう、昔から日本にいそうな、古──伝統的な名前で、よく「下の名前なんだっけ?」と聞かれたりする。


 まあ、こんな感じなので、私も一応人間関係くらいは頑張りたいと、空気が読めるように必死で頑張ってみた。せっかく同じクラスで一年間一緒に過ごすことになったクラスメイトから省かれるのは嫌だしね。



 そして、その結果。



「杏里ちゃん、麻由香ちゃん、おはよう〜」

「あ、景ちゃん【地味子】おはよ」

「おはよー!【モブキャラ】」



 ……皆さん。お分かりいただけたであろうか。

 これは私がいじめに遭っているという記録。ではない。私のクラスで日常的に行われている朝の挨拶風景である。


 ではなぜ、彼女たちは私のことを地味だのモブだの言うのだろうか。


 実は、これは私が約一年前の高校入学した頃に、突然手に入れてしまった恐ろしい能力による効果なのだ。みんなの気持ちを読み取ろうと必死に頑張った結果、キャッチ能力が異常に高まってしまい、彼女たちの思考が声として聞こえるようになってしまったのである!


 今まで何の取り柄もなく生きてきたはずだったのに、突然「サトリ」能力を手に入れてしまうなんて、最初は戸惑ったりショックだったりした。

 幻聴なのかもしれない、なんて耳鼻科に通ったりして。

 でももちろん耳に異常はなく、精神的にも何の問題もなかった。



 私自身は至極正常に、周りの心の声だけが聞こえる体質になってしまったのだ。




 心の声が聞こえるのは一見便利のように見えるけど、実はそうでもない。


 試験の時はカンニングし放題! かと思いきや、みんなが黙っていろんなことを考えるおかげで、私は全く集中できなくて結局耳栓で全ての音をシャットアウトすることになる。


 電車とかバスとか、公共交通機関の中も最悪だ。

 若い男の人ならまだしも、おじさんのセクハラまがいの呟きは精神的にきつい。

 私はそこでもイヤホンを耳に押し込み、音楽で雑音を上書きすることにしている。


 あと、一番嫌なのは友達の恋愛に関する知りたくない情報を知ってしまうことだ。



「あっ♡ 森島くん、おはよ!【今日もカッコいいなあ。大好き!】」

 これは麻由香ちゃんの声。

 見ると、うちのクラスのイケメン二強のうちの一人、森島洸介もりしまこうすけが教室にやってきたところだった。


 森島くんはサッカー部で髪も少し茶色くて垢抜けている爽やかイケメンさんなんだけど、


「おはよ、まゆちゃん【ああ、うぜえのにからまれた】」


 心の中の声はなかなかの毒舌。キラキラの笑顔でこんなこと考えているんだから、モテる男子って怖いなあと思う。彼はその笑顔のまま、私たちにも声をかけた。


「杏里ちゃん【今日も美人だな】と佐藤さん【モブ女】もおはよう」


 麻由香ちゃんと杏里ちゃんは下の名前で呼ぶのに、私はどうして苗字なのだろう。まあ、どうせモブ女ですからいいんですけど。



 私たち三人の佐藤の中で、森島くんがもっとも好意を持っているのは杏里ちゃんだと思われる。三人の中で彼女が一番美人なのだから、まあ仕方ないかなと納得できる。


 けれども麻由香ちゃんはそんなこと知るよしもないので、

【森島くんって私だけあだ名呼びだし、一番よくしゃべる! 絶対脈ありだよね】

 などと思っている。



 麻由香ちゃん、実はうぜえと思われてるよ?

 一番よくしゃべるのは麻由香ちゃんが話しかけているからだよ?


 ……なんてこと、口が裂けても言えないし。


 そもそも私は、麻由香ちゃんが森島くんを好きだなんて相談されてもいないから、余計な口を挟むのもおかしな話だ。友達が失恋しかけているのに知らぬフリをしなくちゃいけないのがつらみだなあ。





 こんなふうに朝から胃が痛い私だけど、この能力を持ってから唯一楽しみになったことがある。


「おはよう、沢田くん」


 それは、隣の席にいる、沢田 空さわだ そらくんにこうして声をかけることだ。

 彼はうちのクラスのもう一人のイケメンさんで、茶髪で軽そうな森島くんと違ってしっとりとした黒髪の似合う硬派な男の子だ。


「あ、うん」


 彼はチラッと私を見て、素っ気なくボソッとそう言った。

 沢田くんはとにかく発語が短く、感情が顔に出ない。

 無口でミステリアスで近寄りがたい空気をまとった一匹狼みたいな人だ。


 でも私は彼を見るたびニヤニヤしてしまう。


 ……そろそろくるかな。




【あ、うんってなんだよ。金剛力士像か俺は】




 キターーー!!!


 ヤバい、一言目からなんか面白い! 

 私は必死で笑わないように気をつける。けれどもこんなのはまだ序の口だ。沢田くんの本領発揮はこれからだ。

 と思った瞬間、第二波が来た。



【いや、阿吽あうんと言えば金剛力士より狛犬の方がメジャーかな。確か、口を開けているやつと閉じているやつがいて、開いてる方が「阿」でメスだって聞いたことあるけど……って、だから何なんだ。こんなこと考えてる場合じゃないんだよ。今、佐藤さんからおはようって言われたのになんで俺は狛犬のこと考えてるんだよ。アホか。このクズ。コミュ障。生きていてごめんなさい。佐藤さんに悪すぎる。ああ、でも佐藤さんは俺のことなんかもう気にしてないよな? こんなクズにスルーされたところで傷ついたりしてないよな? 自意識過剰だよバカ。熱い鉄板の上で土下座して詫びろ】



 うーん、すごい。

「あ、うん」の一言からあの某青年漫画の伝説の土下座の仕方までたどり着く?


 今日も絶好調のその心の声、ヤバいよ沢田くん!!










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