一行はゆっくりと、それでいて軽い足取りで山を下った。
小屋へ戻るとエマがエイラとルルに尋ねる。
「それで、二人は契約するんでしょ?」
精霊の源を無事還すことができればルルと契約したい。エイラはずっとそう思っていた。
「私はそうしたいと思ってるよ。ルル、私と契約してくれる?」
以前聞いた時には返事はもらえなかった。けれど、今はルルが契約を拒む理由はない。ルルは照れ隠しするように
「しょうがないなぁ」
そう言って、両手を腰に当て頷いた。
「ありがとう。ルル、大好きっ」
「じゃあ、私は契約解消すればいいわね」
ルルが戻ってくればルルと契約したい、そんなエイラの気持ちを尊重してくれたエマとは元々期間限定の契約という約束だった。
だが、エイラは少しの間考え込むと
「ねえ、エマと契約を解消しないとルルとは契約できないの?」
「「えっ?!」」
誰も思いつきもしなかったことを言い出した。
昔から一人の人間につき契約妖精は一人というのが暗黙のルールのようなものだった。そもそも妖精と契約した人間が契約中に新たに契約する行為をした話は聞いたことがない。
「たぶん、妖精も既に他の妖精が契約している人間とは契約したいと思わないんじゃないかな」
「人間と契約するような妖精はプライドが高いことも多いでしょうしね」
ルルとエマはお互いの顔を見合うとなんとも言えない空気が流れる。
「二人は一緒に私と契約するのは嫌? 私は、ルルとも契約したいけど、エマともこのまま契約してたいよ」
「エイラは本当、我が儘だなぁ」
「いいじゃない。短い人生なんだから、自分の好きなように生きないと。だめ?」
「私は構わないわよ」
呆れた様子のルルとは違い、エマは思いの他意欲的な反応だった。
「本当に?! エマありがとう!」
「そうなれば、ルルより私の方が先輩ね」
少し意地悪気に言うエマに
「同時に契約したくない妖精の気持ちが良く分かるよ」
ルルはぼそりと呟く。
「ルル、お願いっ!」
両手を顔の前で合わせ必死に懇願するエイラに
「わかったよ。やってみよう」
ルルはエマと契約したままのエイラと契約することにした。
「どこに印を描こうかな……」
利き手と反対の手の甲には既にエマとの契約印が刻まれてある。
「…………太腿の付け根かな?」
エイラはスカートを捲り上げようとしている。
「いやだよっ!!」
ルルは咄嗟に反抗し、頬を膨らます。
「嘘が本当になるよ?」
ジュードにルルと契約していると嘘をついている時、契約印は太腿の付け根にあると誤魔化していた。
「嘘が嘘だってばれてるんだから、本当にする必要ないだろ」
ジュードもスカートを捲り上げようとするエイラを静止し、違う場所にしろと説得する。
そんな中、エマだけが賛成した。
「見えるところに契約印が二つない方が良いんじゃないかしら? たぶん、他に複数の妖精と契約してる人はいないだろうし、目立つことしない方がいいと思うわよ」
「確かに! そうだよ。エマ賢いっ」
エイラはエマの説得力のある理由にやっぱり契約印は太腿に描こうと決めた。
「えぇー。本当に?」
ルルは最後まで渋っていたが
「付け根じゃなくて、膝上くらいにしとくから」
エイラの説得に渋々了承した。
エイラは椅子に腰掛けると、スカートを膝上まで捲る。炊事場に置いてあったナイフで人差し指に小さな傷を付けた。
「っ!! やっぱり痛い……」
「大丈夫か?」
前回は自分で傷を付けるのが怖くてジュードにお願いしたが、二回目でも痛いものは痛い。
「自分でできただけでも進歩だよね……」
エイラは自分に言い聞かせ、滲んできた血で膝上に印を描く。描きあがった血印の上にルルがそっと乗ると、ルルと血印が光出しエイラの体に吸い込まれるように光は消えていった。
「上手く、いったね」
エイラの膝上にはしっかりと血印が刻まれていた。
「ルル? エマ?」
エイラは膝の上に立つルルがエマの方を見て固まっていることに気が付く。エマもルルを見ており、お互いに顔を見合せ固まっている状態だ。
「どうかしたのか?」
ジュードも心配そうにルルとエマを交互に見る。
「なんか、今まで感じたことのない魔力が体の中に流れているのを感じるんだ」
「ええ。でも、不思議と不快感はないわ」
ルルはエマのところへ飛んで行くと、そっと両手を取る。
「これが、エマの魔力なんだね」
「エイラの契約を通してお互いの魔力を感じるようになったんだわ」
ルルとエマは初めての感覚にはじめは戸惑っていたものの、次第に気持ちが高ぶってくる。
「まさかこんな経験ができるなんて思っていなかったわ」
「そうだね。エイラ、ありがとう」
「こちこそ、二人とも私と契約してくれてありがとう!」
「いいな……」
三人の様子を見ていたジュードが思わずそう口にする。
「ジュードは、僕以外にも妖精と契約したいの?」
ジュードの言葉をしっかりと聞いていたフィブが不安そうに尋ねる。
「いや、違う。そう言う意味じゃないよ」
ジュードは王都で様々な人を見てきた。妖精を便利な道具としか思っていない人たちもいる。フィブもそれは身をもって感じていた。
「人と妖精がみんな、エイラたちみたいな関係になればいいなって思って」
「僕はジュードと出会えて本当に良かったと思ってるよ」
「俺もだよ、フィブ。俺と出会ってくれてありがとう」
人と妖精は全く違う生き物で、時の流れも全然違う。けれど互いに心を持ち、通わせることができる、愛しい生き物だ。
「ねえ、ジュード。ジュードはもう王都に帰るの?」
お互いの旅はもう終わった。以前、精霊の源を還したら王都で一緒に暮らさないかと言われていた。
「エイラは、どうするの?」
「私は、やっぱり村で居ようと思う。ルルは人の多い場所が嫌いだしねっ」
エイラはルルの方を見てにやりと笑う。終焉の森でルルが嫌なら王都には行かないと宣言していた。
「もう、あんなのエイラを帰すための嘘に決まってるじゃん。エイラの好きにしなよ」
「でもね、今は村で居たいの。暫く放置してた畑も元通りにしたいしね」
エイラは本気で王都に行くつもりはないようだった。ルルは哀れんだ目をジュードに向ける。
「あーあ。振られちゃったね」
ルルの二度目のその言葉にジュードは小さくため息をつく。
「じゃあ、俺も畑手伝うよ」
「えっ? いいの?」
「ああ」
「ジュード、ありがとう」
ジュードもあと少し村に居ることにした。本当は一緒に王都に帰りたかった。けれど無理やりエイラを王都に連れていくことはできない。それなら少しでもエイラのために出来ることをしたいと思った。