「あなたたち、どうしてオリヴァー博士の家に入りたいの?」
フィオナは図書館を出てスタスタと歩きながら今更ながらに聞いてくる。
「本当は、直接お話を聞きたかったんです」
もう亡くなってしまっていることは仕方ない。せめて何か博士の家に手がかりになるようなものがあれば。
「あと、ジョージ・ペレスの書いた本を読ませて頂きたくて……」
「ジョージ・ペレスを知っているの?」
「私の育ての親なんです」
「そうなの?! 私は会ったことはないけど、オリヴァー博士は彼の話ばかりしてたわ」
じじ様はもう何十年も前に村へ帰っていたため、今はスターレンでジョージ・ペレスを直接知っている者はいないだろうとのことだった。
「父上も、何度かオリヴァー博士を訪ねたことがあったみたいなんですが、一度も会ってもらえなかったそうです」
「え? あなたは……」
フィオナはジュードの顔をまじまじと見る。
「イーサン・モラレスの息子です」
「ああ! 精霊賢者だった騎士ね! 確かにオリヴァー博士は頑なに彼と会おうとはしなかったわね」
「その理由をご存知ですか?」
「はっきりとした理由は分からないけど、彼はジョージと似てるからって会いたくないって言ってわ……」
「じじ様と似てる?」
「ジョージ・ペレスとは喧嘩別れしたみたいなのよ。正義感は時に研究の妨げになるって言ってわね」
「確かに、父上も正義感の強い人だったけど……」
じじ様とオリヴァー博士が何故喧嘩別れしたのか、何故ジュードの父は会ってもらえなかったのか、皆亡くなってしまっている今、知る術はなかった。
図書館を出てから商店街を抜けると住宅街へと入って行く。話をしながら暫く歩き、住宅街の突き当たりにその家はあった。
「ここが、オリヴァー博士の家よ」
フィオナは腰に両手を置き、ふぅとため息を吐き家を見上げる。そこには木の蔓で覆い尽くされ本来の形が見えなくなった家があった。
「先月は凍ってたのよ」
エイラとジュードも呆気にとられながら家を見上げる。まさかここまでの状態とは思っていなかった。
「これは、確かに入れないね」
「これって、やっぱり妖精の仕業なのか?」
ジュードは敷地へ入るとそっと剣を抜き家を覆う蔦を切り落とす。だが、あっという間に新しい蔓が伸びてくると切り落とした箇所をさらに厚く覆う。
「エマ、これは妖精がしてるの?」
「それが、この家に妖精がいる気配はないわ。けど……」
エマは険しい顔つきでオリヴァー博士の家を凝視する。フィブは怯えたようにジュードの肩にぴたりと付く。
「どうしたんだ?」
「この家の中から不気味な魔力を感じるの」
「そういえば、博士は研究のために魔石をたくさん集めていたわ」
オリヴァー博士は妖精とは契約していなった。それなのに、妖精の魔法のような現象が絶えず現れ周りの者は不思議に思っていた。
「魔石の魔力でここまでの現象が起こるものなんですか?」
「私はオリヴァー博士助手なんて言っても、博士の研究のことはよく知らないのよ」
フィオナは高齢で独り身、弟子もいなかったオリヴァー博士の身の回りの世話をするために雇われていただけで、普段は魔法ではなく植物の研究をしている。
「どうにかして中に入ろう」
ジュードは剣に炎を纏うと、次々に蔓を焼き切って行く。
「エマ、私たちも」
「ええ!」
エイラはエマの風の魔法でジュードが切り払った場所に新たに蔓が巻き付かないよう吹き払う。少しずつ家の壁が見えてくるとジュードは炎を強くする。
「エイラ! そこにドアがある!」
エイラはジュードが切り払い露になったドアに突風を吹き付け突き破る。
「すごい、開いたわ。二人とも、早く入るわよ!」
フィオナは突破した二人に感心しながら再び蔓が覆ってしまわないように急いで家の中へと誘導した。
オリヴァー博士の家の中は一見ごく普通の住宅のように見える。
「エイラ、あの部屋からすごく、嫌な感じがするわ」
エマが廊下の突き当たりの部屋を指差す。
「あそこはオリヴァー博士の研究部屋よ。私もあの部屋には入ったことがないの」
三人は恐る恐る部屋のドアを開け、部屋の中へと入った。
「ジュード、これ……」
机の上には沢山の魔石が置いてあり、いくつかは粉々に砕かれ、液体化しているものもある。そして液体になった魔石は四枚の羽の形を模した器に入れられ不気味に光っていた。
「精霊の源……?」
見た目はまるで精霊の源のようで、それでいて人工的につくられたそれは禍々しい妖気を纏っている。
「オリヴァー博士は精霊の源を作ろうとしていたの?」
「まさか、そんなことできるはずが……」
エマは偽物の精霊の源にそっと触れると、不快そうな顔をしながらエイラのところへ戻り少し遠くからじっと眺める。
「あれ、家を覆っている蔓と同じ魔力を感じるわ。器も魔石で作られたものよ」
フィオナも机の側に行き覗き込む。
「これが家に入るのを阻んでいた原因なのね」
妖精とは関わりのなかったオリヴァー博士の家が四属性全ての魔力で囲われていたのはオリヴァー博士が魔石で作ろうとしていた精霊の源の魔力が暴走していたからだった。
「エイラ、これ!」
ジュードが机の上に開かれたままの本に目をやると、その著者はジョージ・ペレスと書いてある。
「じじ様が書いた本だ」
エイラがその本を手に取ると次の瞬間、家がメキメキと音を立て壊れ始めた。
「まずい! 崩れる」
ジュードとエイラは炎の突風を起こすと壁を突き破り、三人は脱出した。
オリヴァー博士の家は木の蔓に締め潰され跡形もなくなり、巨大な一本の木になっていく。
「あぁ、せっかく数年振りに入れたのに……」
フィオナは肩を落としため息を吐くが、エイラの腕にはじじ様の本が抱えられている。
「あのフィオナさん、これお借りしてもいいですか?」
大事そうに抱えるエイラにフィオナは頷くと
「それはあなたにあげるわ」
唯一持ち出せたその本を譲ってくれた。
「え? いいんですか?」
「ええ。ジョージ・ペレスの本は元々日記のようなものだってオリヴァー博士が言っていたから。博士はとても大事にしていたけど。それよりも……」
フィオナは腰に手を当て仁王立ちすると興味津々に目の前の大きな木を見上げる。
「植物学者にとってこの木はとっても魅力的だわ」
その後、オリヴァー博士の家は他の学者たちも加わり、魔石の暴走で生まれた木や、今までの現象、家の中にあった物で取り出せそうな物は取り出したりと、調査が進められることになった。
ーーーーーーーーーー
その日も、エイラとジュードは図書館の別館で本を読み漁っていた。博士の家に行ってから数日、できるだけ魔力について書かれた本を読んでいる。
じじ様が書いた本に『精霊の源の羽はそれぞれの魔力を集め閉じ込める器である可能性が高い』そう書いてあった。それは、祖父メイソンが亡くなった時の精霊の源の様子から推測したようだった。
「もし、それが本当だとしたら器の中の魔力が無くなれば精霊の源は機能しなくなるはずだよね」
「もしくは器を壊してしまうか……」
本当にそれが可能なのか、そうする方法があるのか、少しでも手がかりがないかと朝から晩までずっと本を読んでいる。そこに、
「二人とも、少し休憩したらどうかしら」
フィオナが集中するエイラとジュードに声をかけてくる。
「フィオナさん……」
「それで、ちょっと見てもらいたいものがあるの。オリヴァー博士の家に来てもらえる?」
二人はフィオナに連れられ再びオリヴァー博士の家があった場所へと来た。そこには相変わらず巨大な木が佇む。
「ここ見て」
フィオナが木の根元部分を指差すとそこにはオリヴァー博士が作ろうとしていた精霊の源の欠片が埋もれた状態で見えている。そしてそれは小さな光を放ちながら木へと吸い込まれるように消えていく。作られた羽は少しずつ小さくなっていた。
「……僕、これ見たことある」
「フィブ?」
ジュードの横でフィブが光をじっと見つめながら呟く。
「終焉の森で還っていく妖精たちが小さな光の粒になって木々の中へ消えていったんだ」
「魔石も、この木へと還ってるのか?」
よく見ていると、魔石で作られた羽が吸い込まれ小さくなるにつれて、木も少しずつ小さくなっている。魔石の魔力の暴走により作られた巨大な木は魔石が消えるのに伴って消えているのだ。
「吸い込まれた魔力はどこに行ってるんだろう」
「私、終焉の森には植物の研究で行ったことがあるの。あの森の木には魔力を持ったものもあったわ。そしてその木は常に魔力を放っていた」
「終焉の森は妖精たちの魔力を吸い込み、その命を終わらせているってことか?」
「それって……」
エイラとジュードは顔を見合わせると図書館へと走った。はじめてジュードが図書館で手に取った本が『妖精の誕生と終焉』だった。
二人はもう一度その本を手に取り忙いで開く。
--妖精はユグドラシルから生まれ終焉の森へと還っていく。
--ユグドラシルは生み出し、与え、創り出す。
--終焉の木々は取り込み、循環し、解放する。
「精霊の源の魔力を終焉の森に還せば、ルルがユグドラシルに留まっていなくてもいい?」
「ああ、そういうことかもしれない」
エイラとジュードはもう一度ユグドラシルを見つけ、精霊の源を終焉の森へ還しに行くことに決めた。そうすればルルを取り戻せるはずだと。