ジュードは国王と王太子、マリアンヌの前でヘンリーとジェイコブの企てを報告した。
「この書類を証拠に伯父上を拘束してもかまいませんが、それではジェイコブ団長を罪に問うことができません」
「このままあの二人を泳がせるということかね?」
「そうです。確実に捕らえるにはその方がいいと思います」
国王は頷くと、護衛騎士と宰相を呼び指示を出す。
「買収されているであろうコックたちのことはこちらで対処しよう。モラレス公爵のことはジュード君に任せるよ」
「はい。皆様くれぐれも口にするものには気を付けて下さい」
その後、ジュードはマリアンヌと一緒に王宮を出た。
「エイラさんはモラレス邸にいるんでしょ?」
「ああ。今は部屋で待ってもらってる」
今日は作戦実行のため、エイラは屋敷で留守番をしている。
「ジュードは、エイラさんのことが好きなの?」
「…………」
マリアンヌの問いかけに一瞬眉をひくつかせたが、ジュードは黙ったまま何も答えない。
「なに? 無視なの?」
「好きとかそういうのよく解らない。でも、凄く大切なんだ。守りたいと思ってる」
「そういうのが好きってことなんじゃないかしら?」
「だったら、そうなのかもしれない」
珍しく素直に認めたジュードにマリアンヌはふふっ、と笑う。
「ジュードにもそんな心があったのね」
「俺のこと何だと思ってるんだよ」
「ん? 婚約者になんの興味もない薄情な男」
「それはお互い様だろ」
「それもそうね」
ジュードとマリアンヌがやって来たのは王都の貴族たちのデートスポットである公園だ。二人は公園の中央にあるベンチに腰かける。
「そろそろジェイコブ団長が釈放される時間ね」
「アンドリューが上手く誘導してくれるよ」
暫くそのベンチで仲が良く見えるように他愛のない話をしながら過ごした。
当然だが、国の王女と公爵令息がデートしているとあって周りからはかなり注目されている。
その少し前、アンドリューは釈放される父ジェイコブを迎えに行っていた。
「アンドリュー。お前が来るなんて珍しいじゃないか」
「俺だって、無実の罪を着せられた父親を迎えに来るくらいの甲斐性はあるぜ」
アンドリューは思ってもいない言葉を適当に吐きジェイコブの隣に並ぶと
「さ、親父帰るぞ」
いつもは通らない公園を通りながら自宅へと歩いて行く。
「なぜわざわざ公園を通るんだ」
「突っ切った方が近いだろ」
アンドリューとジェイコブがちょうど公園の中央を通ろうとしている時、辺りがざわついているのに気が付いた。公園にいる者たちの注目を集めているのは、並んでベンチに座り楽しそうに話をしているジュードとマリアンヌだった。
「ジュードと王女じゃん」
アンドリューは白々しく二人の方を向く。
「あいつは旅に出たんじゃなかったのか」
「ついこの前帰ってきたんだよ」
「っ……!」
ジェイコブの怪訝そうな顔にアンドリューはばれないようにニヤリと笑うとそのまま帰って行った。
「行ったみたいね」
「ああ」
アンドリューとジェイコブが通ったのを確認したジュードとマリアンヌは演技を止める。
「じゃあ、私も帰るわね」
マリアンヌは近くに待機していた護衛と王宮へと帰って行く。
ジュードは少し街へ寄った後、屋敷へと帰ったが留守番しているはずのエイラが居なかった。
「エイラ!?」
ジュードは屋敷中を探したがどこにもいない。近くにいた使用人に声をかけると思いがけない返事が返ってきた。
「エイラ様なら、ヘンリー様に連れられてお出掛けされましたよ」
「っ!!!!」
ジュードは血の気が引いていくのを感じる。王都に戻ってから一度もヘンリーを見ていなかったため油断していた。まさかエイラを拐うなんて。
ジュードは屋敷を飛び出したが、二人がどこに行ったか検討もつかない。
「エイラッ! どこ行ったんだ」
するとその時ジュードを呼ぶ声がした。
「ジュード! エイラはヘンリーの別宅よ! こっち」
エマが風と共に姿を現しジュードを誘導した。
「エイラは無事なのか?」
「今のところね。別宅で普通に客人としてもてなされてる」
ジュードは走りながらエマの方を見る。
「エマ、久しぶりだな」
「あら。姿は見せてないけどずっと近くにいたわよ」
「そうか、ありがとう」
その頃、エイラはヘンリーの別宅で出されたお茶とにらめっこしていた。
(エイラ、毒が入ってるかもしれないんだから絶対飲んだらダメだよ!)
「わかってるよぉ」
エイラはルルに念を押されながらカップを持ち上げ、口元に持っていく。という行為を何度も繰り返しているが、カップの中のお茶が減ることはない。
「この屋敷はね、ジュードの父親が亡くなるまで私が一人で住んでたんだ」
「そうなんですか。素敵なお屋敷ですね」
エイラは顔をひきつらせながらヘンリーの話に相槌を打つ。
「君とジュードは恋人同士なのかい?」
「えっ……」
ヘンリーが何故自分を連れ出したのかも分からないエイラは何と返事をするべきか迷った。
「うちの使用人が君たちがとても仲良くしていたと言っていたのを聞いてね」
だが、今頃ジュードとマリアンヌは作戦を実行しているはず。
「いえ、私たちは一緒に旅をしているだけです」
「そうか、お似合いたど思ったんだがな。残念」
「……残念?」
ヘンリーは立ち上がるとエイラの方へ迫り寄り、手を伸ばす。
「帰ってこなければ巻き込まずにすんだのに」
座ったまま動けないエイラは体をのけ反りヘンリーを見上げる。
「エイラ! 氷を出して」
--シュルシュルシュルッ
ルルが叫ぶのと同時にどこからか蔓が伸びてきてヘンリーの体を縛りつけた。その拍子にヘンリーはテーブルに頭をぶつけ気を失う。
「あなたは……」
そこには屋敷でヘンリーの書斎まで案内してくれた妖精がいた。
「危なっかしいなあ。でも、このお茶に毒は入ってないよ」
妖精はエイラのカップに蔓をチョンと浸けてお茶を確認している。
「そ、そうなんだ。助けてくれてありがとう」
--バンッ
そこに勢いよくドアが開き、息を切らしたジュードが入ってきた。
「エイラッ!」
「ジュード……」
ジュードは椅子に座ったエイラと蔓で縛られ気を失ったヘンリーを見てホッと肩を撫で下ろす。
「とりあず、無事で良かった。エイラ、木の妖精の力をつかった?」
「ううん……」
エイラは辺りを見回すがもう先ほどの妖精はいない。
「屋敷で書斎まで案内してくれた妖精が助けてくれたんだけど、もういないみたい」
ジュードは突然現れては消えていく木の妖精をもしかして、頭を廻らせた。
「父上が契約していたのが木の妖精なんだ。父上が亡くなった後もずっと屋敷でいたのかもしれない」
「それで、私たちに力を貸してくれてたんだ」
ヘンリーに巻き付いた蔓を見ながら二人は、あの妖精が毒のことを知らせるためにヘンリーの書斎へと連れて行ってくれたのだと納得した。
「ねぇジュード、ヘンリーさんはきっともう毒は持ってないよ」
エイラに出されたお茶の中に毒は入っていなかった。エイラに手をかけるなら毒を使うのが手っ取り早いはずなのにそれをしなかったということは、ヘンリーはもう毒を持っていないということだ。
「だとしたら、毒を持っているのはジェイコブ団長か!」
ジュードとエイラはアンドリューの家へ向かった。だが、アンドリューとジェイコブはまだ帰ってきていないと使用人に告げられた。
「まっすぐ帰っていればもう着いているはずなのに」
アンドリューとジェイコブが公園を通ってからかなりの時間が経っている。まだ家に着いていないのはおかしい。
「まさか……」
二人はアンドリューの家から王宮へと急いだ。
王宮へ着くと建物の外から窓を覗くアンドリューがいる。
「アンドリュー!」
アンドリューは走ってくるジュードとエイラに気付くと人差し指を口に当て「静かに」と囁く。
「どうして王宮に?」
ジュードも小さな声でアンドリューに聞きながら窓を覗き込む。
「公園を通った後、急に親父が用があるから先に帰れって言ったんだ。だからこっそり付いてきたんだよ」
アンドリューが覗いていたのは王宮の厨房だった。中でジェイコブとコックらしき男が話をしている。
「あっ!」
そうこうしているうちにジェイコブと男は厨房を出て行った。
「俺はコックの方捕まえて陛下に報告するから、ジュードは親父が出てきたら引き留めてくれ」
アンドリューはそう言って王宮の中へと駆けていく。
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「そこのお前! ちょっと待てっ」
ーードカッ
「うわっ」
アンドリューは先ほどジェイコブと話していた男を後ろから体当たりし取り押さえた。
「な、なんですか」
「さっき、厨房で何話してた」
取り押さえられた男は訳もわからず驚きながら慌てて答える。
「え、えっと、ジェイコブ団長にうちのコックのことについて聞かれたんです。でもそいつはもう辞めていません」
「もういない!?」
ジェイコブと精通しているコックがもう辞めて居なくなったということは既に毒が使われているかもしれない。
「まずいなっ」
アンドリューは王太子の元へと向かった。