次の日の朝、エイラとジュードが宿を出るとハルとゲイルが見送りに来ていた。

「お前たち、気をつけて行ってこいよ」

「ゲイルさんが心配するほど俺は弱くないから」

「なんだとぉ。フィブがいなくなってしょげた面してたくせに！」

ゲイルはジュードの後ろから肩を締めてじゃれついている。

「エイラ、ユグドラシルを見つけたらその後どうするの？」

「えっと……目的を遂げたら村に帰るつもりだけど」

ハルは真剣な表情でエイラを見つめ、そっとエイラの手を取った。

「エイラ、その目的ってやつを遂げたらここで一緒に暮らさないか？　エイラなら冒険者としてもやっていけると思うし」

「え……」

　エイラは考えもしていなかったハル申し出に戸惑い、ハルの顔を見つめながら固まった。

　そんなエイラとハルのただならない様子にジュードはゲイルに締められながらも必死に会話を盗み聞こうとしている。

「……ごめん。私、冒険者になりたいわけじゃないの。全てが終わったら村でのんびり暮らすつもり」

「そっか、わかった。でも、もし気が変わったらいつでも来て。遠方の仕事でいない時もあるけど、俺はずっとこの街に住んでるから」

「うん、ありがとう。ハルもたまには村に帰ってきてね」

「ああ」

エイラは握られた手をゆっくりと離した。

「あっ……」

「あ？」

「あのね、村が焼けた後じじ様と村のみんなのお墓を造ったの。ハルのお墓もあるんだよね」

エイラはへへ、と笑いながら人差し指で頭をかく。

「俺、まだ死んでないんだけど」

「だって、まさか生きてるなんて私もじじ様も思ってなかったんだもん」

　拗ねた顔でハルを見上げるエイラの頭にゲイルの腕から抜け出してきたジュードがポンと手を置いた。

「エイラ、そろそろ出発しよう」

「あ、うん。そうだね」

ハルはジュードの方を向くと初めて名前を呼ぶ。

「ジュード、エイラのこと頼む」

「わかってるよ、ハル」

　ジュードとハルはフッと笑い合うとどちらからともなく握手を交わした。

「じゃあ、またねー！」

大きく手を振りながらエイラとジュードはランドールの街を後にした。

ーーーーーーーーーー

　それから数日聖獣の森への道のりを歩き、ついた先は一見ごく普通の森だった。

「ここが、聖獣の森なの……？」

　エイラとジュードは森に入り、辺りを見回すが他の森とあまり変わりはない。

「聖獣が棲んではいるけど、人前にはめったに姿を現さないらしい」

「そうなんだ。とりあえずハルが言ってた泉に行こう」

　そして泉に向かって歩いていた時、突然目の前に大きなトラの姿をした聖獣が現れた。

「ジュ、ジュード、聖獣はめったに姿を現さないんじゃなかったの？」

「その、はずなんだけど……」

　二人をじっと見てくる聖獣にジュードは鞘に手を置き身構える。お互い微動だにせず暫く睨み合いを続けていたが、いきなり聖獣が跳び上がるとエイラを咥えあっという間に去っていく。

「エイラ！！」

「ジュードォーーー」

ジュードは必死に追いかけるが追い付くことは出来ずエイラと聖獣の姿は全く見えなくなった。

「はぁはぁ……っどっちに行ったんだ」

「ジュード！　こっちだよ」

ルルがジュードを誘導し、森の奥へと進んで行く。

「ここは……」

　着いたのは大きな泉のある場所だった。

「ジュード！　エイラが！」

　ルルが指差す方にエイラがいた。だが、泉の畔に寝かされ胸元まで水に浸かっているエイラは服を着ていない。

「っ！！」

ジュードは着ていたローブを脱ぎエイラに着せると泉から抱え出し木の根元に寝かせた。起きる様子はないが、どこか怪我をしているというわけでもない。ジュードが心配そうにエイラの顔を覗き込んでいると

（その娘を返せ）

先ほどの聖獣が現れ頭の中に直接話しかけてくる。

「エイラはお前のものじゃない！」

（精霊の源は本来人間が持つものではないのだ）

「……っ」

　ジュードは気付いていた。エイラの太腿に契約印が無いことに。だが確かにエイラは妖精の魔力で魔法を使っていた。妖精と契約していないのに魔法が使える。それはエイラが精霊賢者であることを意味していた。

「でも、精霊の源はエイラを選んだんだ」

（精霊の源が人間を選ぶ？　何も知らない愚かな人間め）

　聖獣はジュードめがけて飛び付いてくる。ジュードは急いで剣の柄を握る。

『真実は自分の目で見極めろ』

ジュードは咄嗟に父の言葉を思い出した。そして聖獣に剣を振ることはせず、そのまま押し倒された。

（なぜ剣を抜かない）

聖獣は前足でジュードの胸元を押さえつける。

「聖獣は人を殺したりはしない。だから俺もお前を殺さない」

ジュードは押し倒されたまま聖獣を見上げ睨む。

（人間は愚かだ。脆く儚い命をいつも無駄につかう）

「俺は命を無駄になんてしない。たとえ短い命でも強く生きてる」

聖獣は前足をジュードから離すとジュードは体を起こす。

（お前はなぜ精霊の源が人間に宿るか知っているか）

聖獣はゆっくりと眠っているエイラの側へ近づいて行く。ジュードはエイラの前で片足を着き、警戒しながらも聖獣の行動を見守る。

（精霊の源が人間を選ぶのではない。魔力を持つものに望まれた人間に引き寄せられるのだ）

「魔力を持つものに望まれる？」

聖獣は鼻先をエイラの頬に擦り付けた。

（この娘は妖精によってその力を与えられた。歴代の保持者たちも）

そして聖獣はずっとエイラの側にいたルルの方へ顔を向ける。

（だが、精霊の源は本来魔力を持つものに分け与えるものであって人間によって強制的に使わせるものではない）

聖獣の言葉にルルの顔が険しくなる。

「ねぇ、エイラをどうするつもりなの？」

（精霊の源を宿したその娘は一生ここにいてもらう。我々に魔力を与えてもらうために）

「そんなことさせる訳ないだろ！」

聖獣の様子を黙って見ていたジュードだったが、エイラの前に出ると聖獣と対峙する。

（我々の邪魔はさせない）

聖獣はジュードの足に噛みつくと泉に向かって放り投げた。

「っ！！」

足を噛み砕かれ泉の畔で動けなくなったジュードを横目に聖獣はエイラを連れていこうとする。

「待って！」

エイラを咥えた聖獣の前ににルルが立ちはだかった。

「エイラは、精霊の源なんていらないんだ。ここに来たのだってユグドラシルに精霊の源を返すためなのに！」

（ユグドラシルは今はここはない）

「わかってる！　でも、絶対見つけてちゃんと還すから！　だからエイラを連れていかないで」

ルルは涙ながらに必死に聖獣に訴えかける。

（この娘が還した後はどうする。また人間が奪っていくのか。そもそもお前たち妖精のせいで精霊の源は人間になどに宿っているのだ）

「僕がどうにかする。もう人には宿らないように僕がユグドラシルの中に封じ込める」

聖獣はエイラをその場に置くと

（いいだろう。一ヶ月後幻霊の森にユグドラシルが現れる。そこで必ず還すんだ）

そう言い去って行った。

「ルル！　エイラは」

ジュードは足を引きずりながら泉から出て来る。

「ジュード！　大丈夫？　エイラはなんともないよ」

「俺も大丈夫。噛みつかれた時は足が砕けたと思ったけど。あの泉、怪我を癒す力があるみたい」

「たぶん、僕たちが来る前にユグドラシルがあったんだよ」

　まだ目が覚めないエイラをそっと抱えると、ジュードとルルは聖獣がいなくなった泉の畔で休むことにした。