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第6話 強くなりたい

「ジュード、お前は強くなれ。真実は自分の目で見極めろ」


 それがジュードの父であり、先代の精霊賢者イーサンの最後の言葉だった。


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 イーサンは十八歳の時に精霊の源が宿り、既に所属していた騎士団で随一の力を手に入れた。

 精霊賢者になったからといって決して傲ることはせず、国のために力を使ってきた。その功績が讃えられ、国王から勲章を授かり、公爵家の令嬢と結婚した。その令嬢がジュードの母だ。

 部下からも慕われ幸せな家庭があり満帆な人生を送っていたイーサンだったが、ある事件がきっかけで命尽きることになる。


 それが、エイラの村を襲った魔物の討伐だった。


 魔物は数代前の精霊賢者により一斉に滅ぼされ、現在は魔物の発生源のある森の中でしか現れなくなっていた。それは魔石を集める冒険者たちが魔物を倒すため森から出てくる前に全て倒しているからだった。同時に森から魔物を出さないという役割も担っていた。


 しかし十年前、何故かエイラの村が突如魔物に襲われたのだ。王宮騎士団は村へ討伐へ向かったはずだったが、村へ着いたのはイーサンだけだった。イーサンは既に壊滅状態だった村ごと魔物を焼き払い、一人で討伐を終わらせると王都へと帰った。


 だがイーサンは力を使い過ぎていた。精霊賢者は全ての妖精の力を使うことが出来るが、契約をしていない妖精は精霊の源の力によって強制的に力を使わされる。その分、精霊賢者の体にも大きな負担がかかった。


 イーサンは数日間生死を彷徨った後、家族や多くの同僚に見守られ息を引き取った。


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「ジュード、今日はもうそのくらいにしとけ」


 六歳のジュードはイーサンの遺言通り強くなるため、イーサンの生前から懇意にしていたゲイルに頼み、剣術の訓練を始めた。


「だめだよ! こんなんじゃ全然強くなれない」

「無闇に時間をかけて訓練したって本当の意味で強くなんてなれないぞ」


ゲイルはなだめるようにジュードを諭すが、ジュードは納得する様子はない。


「ゲイルさん! 俺、妖精と契約したい。契約の仕方教えてよ!」


ゲイルは目を見開いた後、困った顔をしながらジュードの頭にポンッと手を置いた。


「お前にはまだ無理だよ」

「でも、父上もゲイルさんも妖精の力を使って戦ってたじゃないか!」


ジュードは、まだ大きすぎる父の形見の剣を抱えゲイルに必死に訴える。


「わかった。だが、簡単に契約できると思うなよ」


ジュードは真剣な表情で頷くとゲイルに契約の結び方を教えてもらった。


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「ジュード! またやったのか! 次は来月に入ってからって言っただろうが」

「だって! 早く妖精と契約したいんだ!」

「妖精はな、人を選ぶんだ。今のお前ではだめだということだよ」

「でも……」


 ジュードはあれから何度も妖精と契約をしようとしたが、まだ契約を結んでくれる妖精は現れていない。


「それにこの前付けた指の傷だって塞がってなかっただろ?」


 ゲイルからは頻繁にするものではないと、月に一度だけそして人差し指に付けた傷が完全に治ってから次の契約を試みるようにと言われていた。


「これくらい大丈夫だよ!」

「ジュード、どんなに小さな傷でも血を流すことに慣れるな」

「でも、傷なんて体中についてる」


ふてくされたようなジュードにゲイルは両手を腰にあて、仁王立ちするとジュードを見下ろした。


「その傷はな、お前の失態なんだ。どんなに小さな傷でも一つ一つ自分の弱さと未熟さを噛み締めて、強く、成長していけ」

「…………わかった」


 それからジュードは月に一度、妖精と契約しようとしては失敗し、一ヶ月剣術の訓練をこなし、また契約に失敗しては訓練をするという日々が続いた。



 そして二年の月日が経ち、ジュードは八歳になった。


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 その日も、いつものように右手の人差し指に傷を付け左手の甲に印を描き手を伸ばす。すると今まで感じたことのないような熱が帯びてくる。血印が赤い光を放つとそのまま左手の甲に印が刻まれた。


「え……」


そして目の前には赤い瞳に赤い髪の、羽が一枚欠けた妖精が見えている。


「君は、妖精なの?」

「そうだよ」

「あ……あ、ありがとう!! 俺はジュード! 俺と契約してくれてありがとう! 本当にありがとう」


ジュードは妖精を手のひらに乗せると頬をすりよせ涙を浮かべながら何度もお礼を言った。


「ねぇ妖精さん、君の名前は? 名前はあるの?」


妖精は少し悲しそうな顔をすると首を横に振った。


 妖精は本来、各個体に対する名前があるわけではない。契約した人間が名前を付け、呼んでいる。その中で過去に契約をした時に付けられた名前を契約を解消した後もずっと名乗り続ける妖精もいると、ゲイルから教えられていた。


「じゃあ、俺が名前を付けてもいい?」

「名前をくれるの?」

「もちろんだよ! 君の名前はそうだな……」


ジュードは手のひらに乗せた妖精をじっと見つめ、一生懸命考えている。


「決めた! 君の名前はフィブ! フィブだよ。どうかな?」

「フィブ…………うれしい。ありがとう」


フィブは小さな体をジュードの頬ににぎゅっとすりよせると、ジュードも満足そうに目を細めた。


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 ジュードは急いでゲイルのところへ行くと左手の甲を見せながら妖精と契約できたことを報告した。


「ついに契約できたのか。よく頑張ったな」

「うん! 名前はフィブだよ。俺がつけたんだ」

「そうか、いい名前だな。ところでフィブ、姿を見せてもらってもいいか?」


ゲイルに声を掛けれたフィブはポッと姿を現した。羽が一枚欠けたその姿にゲイルは息を飲む。


 リンにフィブが羽が一枚ないと教えられたゲイルは確かめるために姿を見せてもらった。羽が欠けた痛々しい姿は他に見たことも聞いたこともない。


「フィブ、その羽は生まれつきなのか?」

「ううん。違う……」

「え? そうなの? 羽、なくなっちゃったの?」


妖精を初めて見たジュードはゲイルが聞くまで特に気にしていなかった。


「昔、力が暴走してそれで、焼けて……」


フィブの声はだんだん小さくなり、今にも泣き出しそうな表情だ。


「フィブ……?」


ジュードは心配そうにフィブの顔を覗き込む。


「ねぇジュード、羽が一枚足りない、こんな僕だけど、それでもいいかな?」

「当たり前だよ! フィブ、ずっとずっと一緒だよ」


 ゲイルはジュードとフィブの様子を腕を組みながら、ウンウンと頷くとリンを呼んだ。


「リン」

「はーい」


ゲイルに呼ばれたリンはポッと姿を現した。ジュードはゲイルの契約妖精を見るのも初めてだ。


「ジュード、俺の契約妖精リンだ。木の妖精だよ」

「はじめまして、リン」

「はじめまして。と言っても私はずっとジュードのこと見てたけどね」


リンはジュードにウインクするとフィブの側へ行き、両手をとる。


「ねぇ、フィブ。私たち妖精にとって羽は命そのものだよ。体はつらくない?」

「はじめは痛くて、苦しくて、飛ぶのも上手く出来なかったけど、今はもう慣れてきたよ」


フィブはジュードの顔を見上げ微笑むと


「ジュードが、ずっと頑張ってるのを見て僕も頑張ろうって思ったんだ。それで、この体にも慣れて力が落ち着いてきたから契約したんだ」


そう言って三枚の羽をパタパタさせた。


「さぁ、ジュードも妖精と契約したことだし魔法を使った訓練を始めないとな。フィブも、見てたってことはそのつもりで契約したんだろ?」

「うん。僕も強くなりたいんだ。この力は誰かのために正しく使いたい」

「いい心構えだな。ジュードも気合い入れていけよ」

「わかった! 頑張ろうね。フィブ」


それから火の魔法と剣術を組み合わせた訓練が始まった。



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