「気の乱れは国の乱れ。だからこそ、余分な気は切り捨てなければならないの。植木も
「なるほど」
国の庭師。そう考えるとイメージしやすい。
だけど、余分な気を切り捨てるという言い方をしているからだろうか。巫女というには、なんだか
「だから巫女は、基本的に社から離れられないけど、視察も国の維持には必要な
「……つまり、気の管理の一環として、舞を覚える必要があるんですね」
「そうよ。同時に、気の見方も道中に会得してもらうことになるわ」
どうやら、視察は新米巫女の教育も兼ねているらしい。いきなり巫女になった僕としては非常にありがたい話だ。
「というわけで、舞と気の見方は花鶯が教えるからよろしく!」
「はっ!?」
虹姫の妙にノリの良い指名に、当の本人が驚きの声を上げた。
「いきなり何言ってんのよ。それはいつもあんたが教えてるじゃない。大体、私は一言も聞いてないんだけど」
「今決めたからね」
「あんたって人は……」
花鶯姫が溜め息をつき、
「別に急な話じゃないよ。総合的に考えて、基礎を教えるなら花鶯が一番だと、私は前々から思ってたからね」
「何それ、お世辞?
「私は持ってる力が強いだけだ。巫女としての実力は、あんたの方がずっとある」
「…………」
花鶯姫が
ちょっと席が離れている僕から見ても、顔が赤い。褒められて嬉しいのだと一目で分かる。すごい単純な人だ。
「……まぁ、いいけど」
嬉しくても、絶対に口には出さないらしい。そういう意地っ張りなところも、どこかきいちゃんに似ている。
不意に、花鶯姫と目が合った。
なぜか、
(あ、じっと見つめ過ぎたか……?)
怖くないとはいえ、指導を受ける身としては、先生に気分を害されるのは困る。不良ではないことを率直に伝えるべく、僕は頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。やるからには、きっちり覚えてもらうからね」
「はい!」
普通に会話してくれた。表情は硬いものの、気分を害した様子もない。
睨まれたと感じたのは、単なる気のせいだったようだ。連日の衝撃と疲れで、少し過敏になっているのかもしれない。
ほっと一安心したところで、黄林姫が「ちなみに」と説明を再開した。
「道中は各駅で宿泊しつつ、次の社町へ向かうことになるわ。馬車と駅の往復になるけど、
「え、駅……?」
「『
「あ、なるほど」
電線もないこの世界に電車なんてあるはずがなかった。もしかしてと、ちょっとワクワクした自分が恥ずかしい。
「それって、
「お? よく知ってんな」
「本でかじった程度ですけどね」
桜さんに勧められた本の中には、交通制度に関するものもあった。
古代日本の交通制度と似ていて、駅路という官道沿いに駅家があるのも同様だ。それらを使うのが、国の官吏や貴人といった一握りであることも変わらない。
違う点があるとすれば、この世界の官道が『
この世界において、桜は信仰の対象として大切にされている。
地図上で、五国が桜の形で描かれているのが分かりやすい例だけど、『花』や『桜』が巫女を指すのも、それと同様なのかもしれない。
ちなみに、『花』や『桜』は、女の子の名前としても人気がある字らしい。桜さんや花鶯姫が良い例だろう。
「言っておくが、厳しいぞ。なんたって自分の国に入るまでに、気の見方も舞も習得しないといけないからな」
「う……」
「厳しいのは本当だけど、心配はいらないわよ。月国は一番最後だから時間はあるし、初めてなのは
「え?」
驚いて
「彼女もね、巫女になりたてのほやほやなの。あなたにとっては同期になるわね」
(そうだったんだ……)
「あの」
「ひゃい!?」
話しかけると蛍姫が肩をびくつかせて顔を上げた。流れ的におかしくないはずだが、すごいあたふたしている。
「これからよろしくお願いします」
同等の立場ではあるけど、この世界の人間としては、僕よりずっと先輩だ。
だから、そんな
だけど、蛍姫はなおさら驚いた様子だった。「うぇっ?」と上擦った声を上げ、さらに顔を真っ赤にしている。耳まで真っ赤だ。
(あれ……むしろ逆効果だった?)
選択を間違えただろうかと後悔しかけたその時、意外にも蛍姫の方が「あの」と声を上げた。消え入りそうなくらいに小さな声だけど。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
蛍姫が姿勢を正し、振り絞るような声を出しながら、深くお辞儀をした。僕も慌てて「よろしくお願いします!」と同じようにお辞儀をする。
なぜか黄林姫が小さく笑った。虹姫も、にやにやと口角を上げている。
「お見合いみたいね」
「「えっ?」」
「息も合ってるな。もう結婚しちゃうか?」
「「えぇ!?」」
「また馬鹿なことを言って……変な気でも起こしたらどうすんのよ」
花鶯姫に
そして、二人して悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大歓迎だね」
「可愛いじゃない」
「駄目に決まってるでしょう!!」
(多分、怒ると逆効果だと思います……)
僕らを冷やかすためではなく、むしろ花鶯姫を怒らせるためにやっているような気がする。いじられキャラというやつなのかもしれない。
『――すんな――ソ野郎!』
『――い待てって!!』
部屋の外から、ただ事では済まなさそうな足音が聞こえてきた。
そしてどういうわけか、その騒がしい足音と声がだんだんと近づいてくる。
「あらあら」
「……虹、こっちに来たら
「別に放っておけばいいだろ。
「よくないよ。鹿男が疲れて寝過ごしたら、俺も寝坊するから」
「あ、あの……」
「あんたが
「えー、花鶯冷たーい」
巫女たちが通常運転を発揮している間に、部屋の前まで来てしまったらしい。
「まったく、朝っぱらから世話の焼ける餓鬼だ……鹿男―、開けていいぞー」
虹姫は面倒くさくて仕方ないと言わんばかりにぼやくと、なんともやる気のない声を襖の向こうへと投げかけた。
「でもこいつ、めちゃめちゃ暴れますよ?」
「問題ないよ。いざとなったら私が押さえる」
「では……」
見るからに不機嫌そうな彩雲君が、ずかずかと部屋に入ってきた。
その後ろから、別の少年が「あ、おい!」と追いかける形で入ってくる。多分、彼が『しかお』だろう。『鹿男』と書くのだろうか。
「おい!! 肉よこせ!!」
開口一番にすごい台詞が飛んできた。
そしてなぜか、虹姫は愉快そうに笑っている。
「おっかしいなー、肉じゃがなんだから入ってるはずだけど?」
「あんなん肉に入んねーよ!! もっとガッツリしたやつ出せ!!」
(ひき肉も立派な肉だよ……)
ちなみに僕の家の肉じゃがはひき肉だ。僕はそれで慣れているのもあって、むしろひき肉で良かったと思っている。ひき肉は美味しいよ。
「生憎、お前の求める類の肉は
「ウソつけ!! どーせ隠してんだろ!!」
「ふふふ……」
(なんでそこで意味深に笑うんですか!?)
「やっぱそうか!! ふざけたマネしやがって、このクソ女が!!」
前へと一歩踏み出した彩雲君を、鹿男さんが「おい!」
改めて、鹿男さんへと視線を移す。
髪は全体的に短い。着物の
会議の時の三郎さんがそうだったように、男の従者の正装は
「はなせバカザル!!」
「馬鹿猿じゃなくて鹿男だって!!」
動物が三匹も入った言葉にちょっと笑いそうになった。なんとか
「ていうか、巫女が肉を隠すなんて
「この怪力女が認めてんじゃねーか!!」
「さっきから虹様に失礼だって!!」
鹿男さんがもっともなことを叫ぶ。
ただ、巫女じゃなくてもそんな『阿呆なこと』はしないと思います。
「おいお前!!」
彩雲君が突然、こちらを指差して……いや、明らかに僕を指している。
「えっと、僕?」
「あぁテメーだよ。そん中で一番ザコだろ。かくしてる肉よこせ――!?」
彩雲君が、急に白目を
いつの間にか……本当にいつの間にか、二人の背後に三郎さんが立っていた。さながら、鬼のような表情で。
「あ、ありがとう三郎さん」
「いいから早くその馬鹿を連れていけ」
「分かった!」
鹿男さんは切り替えが早い人なのか、動揺しつつも彩雲君を引きずっていった。とりあえず、前向きなのは良いことだ。
「皆様。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「ところで、あの子供はどうするんですか?」