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第三話「残花 ーざんかー」②

 かつて、この世界では『鬼狩り』が長きに渡ってまんえんしていた。


 元々はやしろの威光を示すため、敵対勢力の捕虜を『鬼』として見せしめにした末に、民衆の前で処刑することを『鬼狩り』と称していた。


 それがいつしか民衆の不満の矛先として、社の外でも大々的に行われるようになった。現在は『鬼狩り』といえば、こちらを指す。


 鬼に仕立て上げられた者は、『鬼』だと自白するまで拷問にかけられた。

 自白すれば『鬼』として処刑され、自白しなければ死ぬまで拷問される。どのみち『鬼』に待ち受けるのは死だ。


 死にたくないのなら、別の『鬼』を差し出すしかなかった。


 当然、拷問から逃れようと『鬼』をでっち上げる者が続出する。一人また一人と、『鬼』はねずみ算式に増えていった。


 そんな悪循環が百年ほど続き、犠牲者は判明しているだけでも七万は下らない。


(要するに、鬼が実在しているのではなく、そういう概念があるだけか……)


 多大な犠牲を出した鬼狩りも、今から四十年ほど前に終止符が打たれた。

 国家間で侵略行為を行わないといった内容の『平和条約』を結んだ際に、その一環として規制されたことで廃れていき――――




「勉強熱心ね」




 不意に後ろから声がして、思わず「わっ!」と声を上げた。別にやましいこともないのに、その勢いで本を閉じてしまった。


「驚きすぎにも程があるでしょ」


 桜さんが、くすくすと小さく笑いながらかたわらに腰を下ろした。その笑顔に、たちまち目が吸い寄せられていく。


(普段の桜さんは凛としててカッコいいけど、笑うと可愛い……)



 桜さんは、僕が見ている限り裏表のない人だ。



 一見すると愛想がないようだけど、必要以上に作り笑いをしないだけだ。

 そんな桜さんが笑いかけるということは、それだけ気を許してくれているということだ。僕としては嬉しいことこの上ない。


「いつもは私が帰ってくると、子犬みたいに下りてくるのに」

「僕、そんな風に思われてたんですか……」


 まさかのペット扱いである。男どころか、人間としてすら見られていなかった。


「鬼狩りについて調べてたの?」

「はい。ちょっと、気になることがあって」

「町の人の視線と、関係あること?」

「えぇ、まぁ……」



 ここに来てから、やけに町の人たちの視線を感じることが多くなった。



 相談というほどではないが、やっぱり気になるものは気になる。

 だから先日、桜さんにもそのことを伝えた。珍しい外見をしているからだろうと、桜さんが言ったので納得していた。


 もちろん、それが最もな理由だとは思う。

 だけどこの町に来て一週間も過ぎると、それだけじゃないような気がしてきた。


 何か怖いものを遠巻きに見ているような、そんな気がしてならないのだ。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに。


(慣れてくると、そうでもなくなるんだけど。餅屋の主人や大将みたいに)


 だけど、昼間の広場での会話で思い出した。


 ここに来た翌日に耳にした、女性たちの会話だ。内容はよく分からなかったけど、何度か『鬼』という単語が聞こえてきた。



 あの女性たちは、目が合った途端にそそくさと立ち去って行った。



「もしかして……僕も『鬼』なのかなって」

「どうしてそう思うの?」

「僕の世界でも、ずっと昔に、鬼狩りと似たようなことがあったんですよ。対象が『魔女』って以外は、鬼狩りと本当そっくりで」


 魔女狩りも、元々はカトリックが異教徒を弾圧したのが始まりだった。それがいつしか、民衆のストレス発散を目的としたエンターテイメントと化したのだ。


 そして生贄にされた者の多くは、立場の弱い人や異邦人だったという。


「だから、確証はないんですけど、僕の見た目もそう取られるのかなって」

「それはないわ」

「え、マジですかっ?」

「まじよ」


 相変わらずノリの良い桜さんだ。


「見た目で差別されても、鬼狩りにまで発展することはないわ。今の時代において『鬼』と呼ばれるのは、それ相当のことをした者のみよ」


 つまり、夜長姫がそうだということだ。

 夜長姫は『鬼』と呼ばれるようなことをした。だから、人々はその死を喜んだ。


 昼間、大将が耳打ちした言葉を思い返す。




『お前、夜長姫と似てるんだよ』




(桜さんにも、聞かない方がいいのかな)


 さっき大将は、夜長姫のことをで口にするな、聞くなと言っていた。


 そして大将は、桜さんの知り合いでもある。桜さんがこの町で贔屓ひいきにしているお店の一つが、大将の居酒屋なのだ。


 彼の言う『人前』や『誰にも』には、当然、桜さんも含まれているだろう。


(桜さんだから、聞きやすいんだけど……)



 桜さんの顔をそれとなく、注意深く見る。



 どことなく、顔色が優れないような気がした。仕事で疲れているのかもしれない。くすって、結構体力使いそうだし。


「今日のところは寝ましょう。明日も早いわ」

「そうですね」


 どのみち、明日の閉店後に話を聞くのだ。桜さんに相談していいかどうかは、それから考えても遅くないだろう。


(それに、僕も疲れた……)


 布団に入ると、一気に眠気が押し寄せてきた。

 そのまま、いつの間にか眠りにいていた。






   ***






「悪かったな。昨日、途中で話切っちまってよ」

「いえ、お構いなく」


 出されたお茶と水羊羹みずようかんを頂く。誘ったのはこっちだし、営業時間外なのでお代はいらないとのこと。ありがたい話だ。


「僕が、夜長姫に似ているって言ってましたね」

「あぁ。夜長姫は亜麻色の髪に大きな目、幽霊みたいに白い肌と、とにかく浮世離れした外見だったんだ。瞳も不思議な色だったらしいぜ」


(不思議な色か……)



 今朝、鏡で自分の顔を改めて観察した。



 髪にばかり目がいって気付かなかったが、透き通るような薄い茶色の瞳をしている。光の当たり具合では、あめいろに見えることすらある。


 我ながら綺麗な色をしていると思う。それはもう、桜さんにドン引きされるレベルで見惚れてしまうくらいに。


ずいぶんと詳しいですね。夜長姫を実際に見たことあるんですか?」

やしろまちに住んでる奴なら、みんな知ってるぜ。毎年、巫女が各国の社町を視察しに来るからな。『巫総会かんなぎそうかい』って知ってるか?」

「はい。確か、巫女たちが近況を報告し合う集まりですよね」

「あぁ。巫女たちが視察に来るのは、大体巫総会の後なんだよ」

「なるほど」


 年に一度、桜の季節が終わる頃に『巫総会』がなかこくで開かれ、各国の巫女たちが一堂に会する。そこで話し合った内容は後日、高札で公表されるらしい。


「あの、聞きたいことがあるんですけど……」

「夜長姫が『鬼』だって言われてることか?」


 大将の顔色を窺いながら頷く。その話をしてくれるだろうとは思っていたけど、いざ目の前にすると少し怖い。


「桜さんに、いろいろ話を聞いてみたんです。『鬼』と呼ばれるのは、それ相応のことをした者だけだと教わりました」

「その通りだ。まぁ、差別が根絶されたわけじゃねぇけどな」

「……教えてもらえますか? 夜長姫が、一体何をしたのかを」




 夜長姫が『鬼』と呼ばれる理由。

 人々に忌み嫌われ、死を喜ばれる理由。


 夜長姫に似てるという僕は、知っておかないといけないことだ。




「元よりそのつもりだ。だからわざわざ、こんな時間に呼び出したんだからな」

「ありがとうございます」

「今から七年前、月国で起きた『衣瀬村鬼狩り再来事件』だが――」

「いせむら……鬼狩り再来?」

「お前、そんなことも知らねぇのかっ?」


 大将が身を乗り出し、カウンターに勢いよく手をついた。びっくりしたのと、お茶が倒れるかもと焦ったのとで心臓が早鐘を打っている。元の体だったら、母や妹が血相を変えて駆けつけてきたことだろう。


「あはは、世間知らずなものでして……『いせ』は、どう書くんですか?」

「衣服の『衣』に、浅瀬の『瀬』だ」



 衣瀬いせむら鬼狩り再来事件。



 一応、村の名前の表記は聞いたものの、やっぱり『鬼狩り再来』のインパクトがすごい。字面だけでもう物騒だ。


「四十年も前に規制された鬼狩りを、再び引き起こした張本人……それが夜長姫だ。しかも、まだほんの十歳の頃にな」

「え……」


 大将の口から語られた事件の概要は、それはもう重たかった。


 概要だけで、胸やけしそうなくらいに。

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