夜のダーク=ヒーロは、厳戒態勢を敷いている王都に一人やって来ていた。
レイも付いて行きたいとごねたが、酔っぱらっていたからそれを口実に自宅に置いて来たのだ。
本当ならその酒気帯び状態もダーク=ヒーロの魔法で回復が可能であったが、王都が現在危険である事も踏まえてレイを置いていく事にしたのである。
それに、今回は大した事をするつもりはない。
ヤアンの村の村長ロテスに王都の情報がまめに欲しいとお願いされているから、訪れただけだ。
もちろん、情報とは自分達黒装束団が行った王子暗殺未遂や、ダーク=ヒーロのミア救出、王都からのドワーフ大量脱出などで世間がどう騒いでいるのかを知りたかったからである。
ロテス達はヤアンの村で新たな生活を始めたが、国を憂う気持ちは変わらない。
ダーク=ヒーロから情報を聞く事で何が変わるわけでもないだろうが、やはりロテス達は国外の『魔族の森林地帯』に住んでいても王国国民なのだ。
それにしても不思議に思う。
国を憂う者はもちろん多いだろうが、ロテス達のように腕利きの剣技を持つ集団が一般国民にいるものだろうか?
夜の自分のチートさが先に来て、ロテス達の存在を不思議に思っていなかったが、よく考えれば王子暗殺まで考える集団は怪しい。
もちろん、ダーク=ヒーロはロテス達が良い人間である事は知っていたし、信頼もしている。
ヤアンの村の村民として誇れる人達だ。
だが、自分が知らない部分があるのも確かであった。
「……今度レイにそれとなく聞いてみるかなぁ」
ダーク=ヒーロは歓楽通りの路地裏で能力『地獄耳』で周囲の声に聞き耳を立てながらつぶやく。
そこにとある情報が流れてきた。
「──聞いたか? 隣国との同盟記念式典に参加予定だった第二王子殿下の話」
「? 何か醜聞でもあったか?」
「あの清廉潔白な第二王子殿下に醜聞なんかあるかよ。──それでな? うちの隊は第二王子殿下の警備担当だったんだが、その予定が無くなったんだ。どうやら急病らしい」
「急病? 心労でダウンでもしたのか?」
「それがな……? 俺が聞いた噂だと毒を盛られたって話なんだ」
「ど、毒!?」
「馬鹿、声がでかい……! ──最近、クルエル第一王子の評判がすこぶる悪いだろ? その王子が口うるさい第二王子に毒を盛って黙らせようとしたってんだ……」
「……おいおい、それはここで話せる内容じゃないぞ……。今日はお開きだ。帰ろう」
……とんでもない情報を聞いた事をダーク=ヒーロは自覚した。
ロテス達からは第二王子はとても聡明で、父である国王やクルエル第一王子の蛮行を諫めようとする正義感溢れる王国の良心とも言える人物だと聞いている。
ロテス達はクルエル王子を暗殺して王太子の座を第二王子に移行させようとしていたのだが、それをダーク=ヒーロが阻止した形であった。
「第二王子とは会った事が無いんだよな……。俺が王宮に居た時、確か隣国に使者として訪問していたはず……。あ、だから、第二王子が留守でアリバイがある間にロテス達は第一王子の暗殺を実行したのかもしれない……!」
そこまでロテス達は第二王子にかけていたという事だろう。
その王子が毒殺されかけたという。
助けたいところだが、第二王子の王宮での部屋の場所も顔も知らないとあっては助けようがない。
これは戻って、ロテスに相談した方が良いだろう。
ダーク=ヒーロはそう考えると、情報収集をとっとと終わらせ、ヤアンの村に『瞬間移動』するのであった。
「ダーク様、今日は早いですね。何か良い情報でも?」
村長のロテスはダーク=ヒーロが村の広場に現れたので、早速出迎えた。
「その情報についてロテスの耳に入れたい事があるんだ」
「?」
ダーク=ヒーロが小声で言うので、ロテスは不思議に思いながら、村長宅に案内する。
「ここなら、ダーク様の結界魔法のお陰で防音になっていますから、誰にも聞かれる危険はないかと……」
ロテスはそう言うとダーク=ヒーロに話を促した。
「……落ち着いて聞いてくださいね? 実は第二王子が王都に帰還しているようなのですが、体調を崩して病に伏せているそうです」
「な! だ、大丈夫なのですか!? あの方はルワン王国の未来の為に必要なお方です。でも、無事なんでしょう?」
「それが──」
ダーク=ヒーロは毒殺未遂の可能性があるらしい事、その犯人がクルエル第一王子ではないかと囁かれている事などを伝えた。
「あの外道王子……!」
ロテスはここ最近、この村で穏やかな生活を送っており、柔和な顔つきになっていたのだが、ダーク=ヒーロの報告を聞くと一瞬で国を憂う一人の男に変わっていた。
「落ち着いてください。まだ、噂の段階です。それで、ロテスさんには聞きたい事があるのです」
「……くっ。そうですね、噂でしたね……。──それで、聞きたい事とは?」
「第二王子の部屋の場所がどの辺りかを教えてもらいたいんです。俺が直接行って第二王子の容態を確認しておきたいと思っています」
「殿下の容態を? ……わかりました。ですが、ダーク様も無理をなさらないでください。前回、あのクルエル王子の部屋に突入したのですから、王宮は厳戒態勢のはずですよ」
ロテスはそう言うと、王宮内の地図を羊皮紙に簡単に書いて説明をする。
そして、
「細かいところは娘に聞いてください。あの子の頭の中には王宮の情報が詰まっているので」
「……レイが自分も行くと言いかねないので、こちらに聞きに来たんですが、やっぱりそうですよね」
ダーク=ヒーロはロテスの、娘への信頼を聞いて苦笑すると答えた。
「あの子もいざという時、死ぬ覚悟は出来ています。ダーク様のお役に立てるとわかったら付いて行くでしょうが、足手纏いになるようでしたら、斬り捨ててください」
ロテスは真剣な面持ちで言う。
「無理を言いますね。この俺に彼女を斬り捨てる事などできないですよ。──ちゃんと連れて戻るので安心してください」
ダーク=ヒーロはそう答えると、『瞬間移動』で自宅へと戻るのであった。