レイはそれから数日間経った現在、変装する事無く綺麗な銀髪に赤い瞳の姿の、服は地味な村娘風の姿で、ヒーロの傍に常にいた。
そうなると当然、周囲の目を引く。
レイのような美女が最近Fランクに昇格したばかりのうだつが上がらない冒険者と一緒にいるのだ、目立つに決まっている。
そのレイはヒーロのクエストにも同行したし、ヤアンの村のドワーフをはじめとした村人達が作った商品を商会に売り込む時にはヒーロに付き合ってもらっていた。
内容だけ聞くと仲睦まじい恋人関係とも思えるが、そんな雰囲気はゼロで、ちゃんと間に一線を引いている感じだ。
それはヒーロも感じていたので、美女レイに余計な緊張をする事無く普段通りに振舞えていた。
レイはレイでヒーロに迷惑をかける事だけはしたくないから私情を持ち込まないように気を付けており、周囲からはやけに目立つが恋人関係にはどうしても見えず、どうやら、仕事仲間のようだという認識をされつつあった。
だがやはり、美女とモブである。
今まではモブ過ぎて絡まれる事なくスルーされていた日中のヒーロであったが、レイと並んで歩けば嫌でも誰かの視界に入ったから、そうなるとモブが逆に災いして絡まれるようになった。
「おい、腰抜け冒険者! 最近美女を侍らせて調子に乗っているんじゃないか!?」
この日も昼間からお酒を飲んで管を撒いているチンピラが早速、絡んできた。
ヒーロがそれに対してどう答えようかと考えていると、レイは無言でチンピラの方に向かって歩いていく。
そして、その足元を一瞬で蹴って払い転倒させると、転がったチンピラの鼻先に、いつの間にか魔法収納から取り出している剣の先を突き付けていた。
「ひっ!」
チンピラは思わず悲鳴を上げる。
「酔いが醒めたかしら? 私の友人に今後、妙な言いがかりで絡んで来たら、その鼻、削ぎ落とすわよ?」
レイの赤く鋭い瞳がチンピラを睨む。
「に、二度と絡みません……!」
チンピラは一気に酔いが醒めて謝る。
レイはそこでやっと剣を納め、魔法収納に戻す。
そこでチンピラはやっとホッとするのだが、レイがまた、ひと睨みするとチンピラは慌てて立ち上がり、ふらつきながら走って逃げていくのであった。
「……レイ。あんまり目立たない方がいいんじゃない?」
とヒーロが指摘する。
「いえ、私がヒーロと一緒にいる以上、多少目立つのは仕方がないと判断しました。それなら私が一方的に注目を浴びる事でヒーロ自身に向けられる好奇の視線も私に向けさせる方がヒーロの安全に繋がるかと」
レイはレイなりにヒーロの事を考え行動してくれていた。
レイには日中のヒーロを守るという使命感があったから、そばを離れる気はさらさらない。
だからそれを前提に自分がヒーロの火の粉を払いつつ、目立つ方が得策と考えたのだ。
「それじゃあ、レイも一緒に冒険者になる?」
ヒーロは日中、Fランククエストをこなしていた時もレイは冒険者ではないがそれに同行していたから、それもあって目立っている。
「……ですが、それだと冒険者のルールに従わなければならないので、それはヒーロを守る身としては避けたいです」
レイはヒーロを守る為なら殺しも厭わないつもりなのだろう。
冒険者のタグは犯罪歴も記録してしまうものだから、道理にそぐわない殺しなどの犯罪は冒険者ギルドにすぐにバレてしまうのだ。
「……穏便に済ませる気はないのね? ──ちなみに俺のタグは日中の俺の状態で作ったものだから夜の俺には反応しないという裏技があるのだけど、レイには適用されないか……」
ヒーロはレイの考えを理解して自分と比較する。
「そんな芸当が適用されるのはヒーロだけですよ」
レイは夜のダーク=ヒーロと日中のモブ=ヒーロでタグが違う人物として記録されているらしい事に驚きクスクスと笑う。
「俺もお陰で日中と夜の生活が区別できて楽しくはあるんだけどね」
ヒーロはちょっと照れながらも楽しそうにレイに答える。
「ヒーロにとって今の生活は楽しいですか? 私が来た事でご迷惑をお掛けしていなければいいのですが」
レイはヒーロの生活に踏み込んでいる自覚があるから、勇気を出して確認した。
返答次第では、今後の事も考えないといけないところだ。
「迷惑とは思っていないよ。だって毎朝、美女が食事を作って起こしてくれるんだよ? そんな事、前の世界でもなかった事だからね。贅沢過ぎるくらいさ」
ヒーロはレイが心配している事がわかったから、誠実に素直な気持ちを伝えた。
「び、美女ですか? ありがとうございます……」
ヒーロに自分が好印象に映っていた事がレイは嬉しかったのか、顔を赤らめお礼を言う。
「あ……。──うん、そ、そういう事だから、あの……、その……、気にしないで大丈夫、……だよ?」
ヒーロは自分が恥ずかしい事を言っている事に気づいて、少し修正しようと思ったがそれは成功しなかった。
だが、レイにとってはとても嬉しい一言であったから、修正されなかった事に笑顔を浮かべる。
そして、二人は歩きながら心地よい沈黙の時間が流れるのであった。
「あの銀髪の美女、どうにか俺の彼女にできないもんか」
酒場でお酒を勢いよく飲んでいた冒険者風の男が、仲間にそう漏らしていた。
「一緒にいたのFランク冒険者、『臆病者のヒーロ』だよな? 見た感じ恋人ではなさそうだが」
一緒に飲んでいた仲間が話に応じる。
「さっき見てたが、絡んできたチンピラを返り討ちにする気の強さを見せてたぜ?」
「かー! 気の強い女はたまらねぇな! ……お前ら、俺に協力してあの女を口説く時間を作ってくれ。なぁに、臆病者のヒーロ相手だ。ちょっと脅せばビビって逃げ出すと思うがな!」
冒険者達はその言葉に笑い合うと、ヒーロとレイを酒の肴にして飲み比べを始めるのであった。