銀髪美女レイをヒーロの住むデズモンド子爵領領都に連れて行く約束をして数日が経った。
その間にヒーロはレイから受け取ったお金で領都内に住むところを見つけて契約を交わしていた。
場所はヒーロの住む家がある領都内の西の外れにある一軒家とは真逆の東にある食堂の二階の一室を用意した。
日中、遭遇して正体がバレる可能性を危惧しての事だが、同じ領都内である。
ヒーロがよく利用しているお店なども前回来た時に教えた事がある為、そこで出会う可能性は大いにあったから意味がないようにも思えたが、それでも距離を取っておく事が大事だと考えた結果であった。
「東地区は俺も知らないお店もあるし、レイがその辺りは自分に合ったお店を見つけるかもしれないから、あんまり警戒する必要も無いかな?」
ヒーロは自分の慎重ぶりを自嘲するのであった。
そして、夜。
引っ越しの為、ダーク=ヒーロの姿でヤアンの村にレイを迎えに行くと、村長のロテス以下、村人達がレイの送別会を行っていた。
ひとしきりお酒も入っているのか、ロテスはダーク=ヒーロが現れると、
「ダーク様、娘をよろしくお願いします……! 自慢の子なのでこれから幸せにしてやってください……」
と涙目で言う。
内容だけ聞くと嫁に出す親の雰囲気である。
「お父さん! 時折、こっちにはダークと一緒に来るつもりだって言っているじゃない!」
レイは父親ロテスがここまで酔って管を撒くとは思っていなかったのか、村のみんなへの挨拶もそこそこに、介抱する為慌てて戻って来たようだった。
「ロテスさん、そうですよ。それにレイは俺なんかよりも全然強い女性だから大丈夫です」
ダーク=ヒーロは、日中の自分と比べてレイをそう評した。
「とんでもない! レイはこう見えて子供の頃から寂しがり屋なんですよ。今回はダーク様の傍で働けるから、まだ、大丈夫でしょうが、王宮に潜入していた頃はその責任と孤独感から一人心細い思いをしていたのです。だから、ダーク様にはレイを普段から気にかけてもらいたいのです!」
ロテスは娘の子供の頃を思い出したのか、涙が一気に込み上げてくる。
「お父さん、子供の頃とはもう違うから泣かないで! ──ダーク様すみません……。お父さんと遠く離れる事はこれまでなかったのでちょっと感慨深くなってしまったみたいです」
レイはそう言うと、父ロテスとの事を話し始めた。
レイは父一人子一人で育ったそうだ。
母親はレイの幼い時に亡くなり、ロテスは父親として、国を憂う民の一人として、レイを育ててきたから、目の届かないところに送り出すのが親として不安なのだろうと言う。
だが、昔はともかく今は、一人前の間者として育って潜入もこなしていたから、父ロテスの心配は大袈裟だから気にしないでください、とダーク=ヒーロに答えるのであった。
「……ロテスさん。レイの事は極力気を付けるので安心してください」
ダーク=ヒーロはそういうのが精一杯だった。
任せてとは言えなかった。
なにしろ日中の自分ほど当てにならない者はいないからだ。
逆に日中はレイに守ってもらいたいくらいであったが、さすがにそれは口が裂けても言えない。
それくらい夜と日中の自分に差があり過ぎて未だに戸惑っているのだ。
「……ダーク様はそんなに強いのにいつも控えめでいらっしゃる。レイもきっとそんなところに惹──」
「お父さん、飲み過ぎだから!」
レイが鋭い反射速度で父ロテスの口を手で塞ぐと、引きずっていく。
「?」
ダーク=ヒーロはロテスの言葉を最後まで聞き取れなかったから、内容を理解出来なかった。
「さすがレイ。ロテスさんの口を塞いで引きずっていくまでの速度が俺でも驚くくらい早いな」
そしてレイのその速い動きに的外れの感心をする。
「ダーク様、そろそろ行きましょう。いつまでも酔っ払ったみんなの相手をしていると日が明けてしまいます」
レイは冷や汗を拭いながら、ダークに移動を促す。
「あら、もう行くの? でも、そうね。あっちは寝る時間だし、この村みたいに夜更かしする方が珍しいわ」
エルフのミアが酔いで少し顔を赤らめた状態で、レイの引っ越しを見送る為にやって来た。
「……それじゃあ、行こうか。忘れ物はない?」
ダーク=ヒーロが最終確認をする。
「無いです。あったとしてもすぐ取りに戻れますよね? ふふふ」
レイはダーク=ヒーロの『瞬間移動』を考えると、その質問がおかしく聞こえるのであった。
「そうだった。ロテスさんが大袈裟だから同じ気持ちになってしまったよ。じゃあ、今度こそ行くよ──」
ダーク=ヒーロはレイの手を握る。
「ダークさん、レイをよろしくね」
エルフのミアが二人に手を振る。
レイがそれに応じた次の瞬間、ダーク=ヒーロの『瞬間移動』でヤアンの村を離れ、デズモンド領都の新たな住処へと移動するのであった。
「……ここが、私の新居なんですね?」
レイは暗い室内を見渡し、魔法『照明』で明かりをつける。
「一人暮らしには十分な広さだと思うけど、どう?」
ダーク=ヒーロは日中の自分が見つけた一番良いと思った部屋の感想を求めた。
「はい、十分です。ダークの家はどの辺りですか?」
レイは満足する事無く、それを気にした。
「俺の家はちょっと離れているかな……」
ダーク=ヒーロは言葉を濁す。
「……それなら、後日また引っ越しますね」
レイはそう宣言した。
「え?」
「私はダークの傍に居たいと思って来ました。そのダークと距離が離れていては困るじゃないですか」
レイは清々しいくらいはっきりと答える。
そして、続けた。
「ダークがなぜ正体が知られる事をそんなに警戒するのか、今の私にはわかりません。でも、信じて下さい。私はあなたの正体を知っても、裏切る事も、疑う事も、信頼する気持ちが失せる事もありません」
レイがいかにダーク=ヒーロを信用し、そして慕っているのかがわかる言葉であった。
「……女の子にそこまで言わせておいて、何も答えないわけにはいかない……、よね。──今から話す事は口外厳禁でいいかな?」
「……もちろんです!」
ダーク=ヒーロは周囲の音を魔法で遮断すると、レイに自分の秘密について最初から全て話すのであった。