ヒーロはその日も、冒険者ギルドに朝から訪れていた。
相変わらずG+ランク冒険者として、お使いクエストをこなすのが目的であろうと受付嬢のルーデには思われたが、この日のヒーロは少し違った。
「あの……、ルーデさん。俺、Fランクに上がりたいんですが、大丈夫ですか?」
ヒーロは美人受付嬢のルーデにそう切り出した。
「「「え?」」」
受付嬢のルーデどころか、他の職員、そして、その場にいた冒険者達もヒーロの言葉に不意を突かれたとばかりに驚きの声を上げた。
「ヒーロさん……!? ──Fランク帯ですか……!? 薬草採取とか城外に行くクエストもあるFランクに上がりたいんですか!?」
普段は仕事としてFランクへの昇格を勧めていたルーデが、逆に大丈夫ですかとばかりに聞き返す。
「? ……だ、駄目ですか?」
ヒーロは毎日のように昇格を勧めていた受付嬢のルーデが渋っていると思ったのか不安になって聞き返す。
「も、もちろん、大丈夫ですよ! 冒険者ギルドとしては大歓迎です! それではタグをお預かりしますね!」
ルーデは正気に戻る。
そして、ヒーロがどういう心境の変化で昇格を決めたのかわからないにしろ、自分が毎日勧めていた事が報われたと思い、早速、手続きをする。
「この冒険者ギルドで臆病者冒険者の代名詞のヒーロが昇格とは……、今日は雨が降るのか?」
「いや、雨では済まないだろう。嵐が来るぞ?」
「さすがにそれは言い過ぎだろ。……言い過ぎだよな?」
冒険者達はヒーロの昇格が信じられないとばかりにざわつく。
手続きも終わり、ヒーロのFランクへの昇格が正式に決まった。
タグもFランク帯を示す鉄製のものに変わる。
「これがFランク帯のタグ……、Gランク帯を示す木製のタグの方が肌に触れた時冷たくなくて良かったかも」
ヒーロがそんなどうでもいい感想を漏らしていると、受付嬢のルーデは内心で「そこは昇格を喜ぶところでしょ!」とツッコミを入れるのであったが、表向きは昇格を祝福するのであった。
ヒーロは早速この日、Fランク帯のクエストを受ける事にした。
それはFランク帯の王道クエスト、薬草採取である。
「あ、ヒーロさん。念の為、自衛できるようにナイフの一つくらいは用意してから行ってくださいね。採取場所である郊外の森に魔物はほとんどいませんが、一角うさぎに遭遇する事もありますから」
受付嬢ルーデのアドバイスに従い、ヒーロはギルドの近くにある武器屋で安物のナイフを購入して郊外の森に向かった。
「ヒーラー草……、ヒーラー草……。こうしてみると全部一緒の草に見えるなぁ……」
ヒーロはギルドに採取目標であるヒーラー草の特徴を聞いて来ていたが、そう簡単に見つかる代物ではない事に今更ながら気づいた。
前の世界のラノベなら薬草採取は初歩中の初歩で、チートスキルなどを駆使してすぐに発見し、クリアするイベントだ。
なんならその採取中、魔物に遭遇して初級冒険者の門出を飾る討伐までしてしまうところなのだが……。
「……これは時間を浪費した上に収入が、一気に落ちる事になりそうだ……」
ヒーロは慣れの問題とは思いつつも、Gランク帯のクエストを一日、やり込む方が稼ぎになる事に気づいた。
なにしろ日中のヒーロの唯一の能力は魔法収納のみであり、それ以外に頼れるのはおのれの肉体だけだ。
その肉体もモブ冒険者並みであり、転べば膝を怪我するし、小さい獣相手でも噛みつかれれば簡単に血も出る。
ヒーロは日中のやりがいを求めて昇格してみたものの、現実はそんなに甘くない事を冒険者になりたての時同様、痛感する事になるのであった。
結局、ヒーロは薬草採取クエストの条件を満たす事が出来ないまま夕方を迎え、日が落ちたタイミングでチート能力を発動。
どうにかヒーラー草の群生する場所を超人的な嗅覚で発見し、ノルマの二十束を回収する。
そして、この時間になると地方の街はほとんど日暮れと共に城門を閉じてしまうのが普通だ。
だからヒーロは『瞬間移動』で城内に入ると何食わぬ顔で、冒険者ギルドに戻るのであった。
「あ、ヒーロさんお帰りなさい! 大丈夫でしたか? 帰りが遅いので街内に入れなくなったのではないかと心配していました」
受付嬢のルーデは昇格を日頃勧めていた手前、いきなりヒーロが失敗するどころか、いつも危険を心配していたヒーロの言う通り、何か起きたのではないかとハラハラしていたのだ。
「なんとかギリギリ間に合いました……。薬草採取クエストは想像以上に大変ですね。あ、これノルマのヒーラー草二十束です」
ヒーロはチートを使わなければ外で一夜を過ごさなければいけない状態になるところであった事は一切言わず、そう誤魔化すと魔法収納から薬草を取り出して渡す。
「──はい、確認しました。Fランククエスト初完了です。お疲れ様でした。これが報酬になります」
受付嬢ルーデは完了を確認すると報酬をヒーロに渡した。
そこに置かれたのは銅貨数枚である。
Gランク帯のクエストで同じ時間働いていれば、小銀貨数枚稼げるから、収入は十分の一近くに下がった事になる。
「……慣れると収入増えますよね?」
ヒーロは溜息を吐きたい気分を抑えて、受付嬢ルーデに聞く。
「はい、薬草採取もコツを掴めば、一定額を稼げますよ! 『英雄の道も薬草採取から』という諺があるくらいですから、大丈夫!」
冒険者なり立ての子供相手を諭す時に使う、冒険者ギルドの決まり文句を受付嬢に言われるヒーロであったが、何事もまずは一歩からだ。
チートモードの時でさえ、最初に助けた相手はクズの第一王子だったのだから、モブ冒険者モードのヒーロなら、こんなものかもしれない。
だが重要な事にヒーロは気づいた。
チートモードの時に薬草を集めて、魔法収納に入れて置き、日中それを都合のいい時間に提示すれば簡単に稼げるではないかと。
「いや、駄目だ……! 日中はモブ・ヒーロの力で人の役に立たないと! ……でも、明日もこんなペースだと他の事できないよな……。やっぱり、ちょっとずるしようか……、うーん、悩む……」
ヒーロは内心で葛藤しながら、家路につくのであった。