ダーク=ヒーロの瞬間移動先は、第一王子の寝室がある部屋の前であった。
ここも一度、前を通った事があったから覚えていたのだ。
表には誰もいない。
どうやら人払いされているようだ。
「声は寝室から聞こえて来る……。という事は……」
ダークはレイと視線を交わして見合わせると、二人は両開きの扉にそれぞれ手を掛ける。
が、カギが掛かっており、その重厚な扉はびくともしない。
「……レイ、下がって」
ダーク=ヒーロはレイに警告すると、扉に蹴りを浴びせた。
その重厚な扉は閂が真っ二つに割れ、カギはダーク=ヒーロの次元の違う蹴りに砕け飛ぶ。
「な、なんだ!?」
勢いよく開いた扉の先には大きなベッドがあり、その手前に何も着ていない、たるんだ体の第一王子の姿が飛び込んできた。
そして、ベッドには金色の長い髪に白い肌が眩しい美しい肢体のエルフの女性が縛られ、横たわっている。
「罪のない者達を不当に拘束し、自分の欲望を満たそうとする愚か者め。そのような者、この俺が許さない!」
ダーク=ヒーロはそう言うと、握り拳と水平チョップのような決めポーズをとる。
どうやら、ヒーローの登場シーンをイメージしてのものらしい。
レイもそれに合わせてとっさに迷いなく同じポーズをとる。
「貴様ら何者だ!? ここは次期国王である我の寝室だぞ! このような狼藉を働いてタダで済むと思っているのか!?」
第一王子クルエルは裸のまま、堂々と侵入者であるダーク=ヒーロ達を指差してその罪科を問うた。
「俺の名は夜闇のダーク。貴様らが捜している者達の脱獄を手助けした者だ。無実の者に手を出す狼藉を働いているのはそちらだろう! 偶然訪れたとはいえ、そんな無法は見過ごせない。そちらのエルフは俺が連れて帰るぞ」
ダーク=ヒーロはそう宣言するとベッドに向かって歩いていく。
「だ、誰か!? 侵入者だ! 出合え出合え!」
クルエル第一王子大きな声でようやく叫び、人払いされていた護衛達が慌てて王子の寝室に急行してきた。
その中にはダーク=ヒーロが見た覚えがある騎士が混ざっていた。
確かロテス達黒装束の一団が王都の裏通りで王子を襲撃した時に護衛として付いていた二人組だ。
確か赤い髪の女性がエリンで青い髪の男性の方がカイルだったはず。
「殿下、大丈夫ですか? 危険ですので壁際にお下がりください」
女性騎士エリンが王子の裸姿や拘束されたエルフ、侵入者のマスク姿の男女二人を確認しても淡々と指示する。
どうやら、このクルエル王子の無法な振る舞いには慣れている様子だ。
そして、女性騎士はエリンは状況を理解して腰に佩いた剣を抜く。
「何者かわかりませんが、拘束させてもらいます」
女性騎士エリンがそう宣言すると背後にいた騎士達が室内に踊り込んでダーク=ヒーロとレイを囲もうとした。
それをレイが魔法収納から出した剣を取り出し牽制する。
「俺にも剣ある?」
ダーク=ヒーロは素手であったから、魔法収納から武器を出すレイに駄目元で聞いてみた。
「はい、これをどうぞ」
レイは同じように魔法収納から剣を取り出して、ダーク=ヒーロに投げて渡す。
「……この騎士達は俺に任せろ。エルフは任せた」
ダーク=ヒーロはレイに縛られた裸のエルフの事を任せた。
レイは無言で頷くとベッドの上で拘束され身動きが取れない裸のエルフに駆け寄り、魔法収納からマントを取り出してその体にかけた。
「誰か知らないけど、ありがとう。……でも、この状況では私は足手纏いよ。二人で逃げなさい」
エルフは出入り口に殺到している騎士達を見て言う。
どうやら死を覚悟しての発言なのか冷静そのものだ。
「そこ、動くな!」
突然レイがそう叫ぶと、魔法収納から取り出したと思われるナイフを壁際からこっそり出入り口の方に逃げ出そうとしていた王子の眼前に投げつけた。
「ひぃ!」
眼前の壁に紙一重で突き刺さったナイフに裸のクルエル王子は悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「王子に無礼だぞ!」
騎士のカイルがそう言うと、仮面姿のレイに対してダーク=ヒーロを避けるように迂回して走ると斬りかかろうとした。
だが、その行為はダークの剣によって簡単に止められる。
「俺の斬撃を片手で!?」
騎士カイルは余程自分の斬撃に自信があったのか驚いて後方に飛び退る。
だがそのダーク=ヒーロの動きにつけ入るように、女性騎士エリンが王子に駆け寄った。
「王子の安全は確保した。二人を捕らえよ」
女性騎士エリンが裸の王子に自分のマントを着せると、他の動けずにいた騎士達に命令する。
騎士達はそれで勢いに乗り、ダークに斬りかかった。
騎士達はよく訓練されており、三人同時という並みの相手にしたら躱すのが不可能と思える攻撃である。
そう並みの相手ならだ。
ダークはその三人の攻撃が自分の体に届くまで待つ必要はなく、その剣先が煌めいていたかと思うと、三人の騎士はその場に血飛沫を上げてその場に崩れ落ちた。
「い、一瞬だと!?」
腕にかなりの自信があるようであった騎士カイルは、自分の目でも追いきれないその斬撃に愕然とする。
騎士達はそれに怯むことなくさらに三人ダーク=ヒーロに斬りかかるが、またもその剣先が一瞬煌めくとまた、同じ様に血飛沫を上げてその場にバタバタと倒れていく。
もしかしたら、斬られた意識もさほどなく死んだのかもしれない。
騎士カイルは初めて自分より数段上と思われる剣士を目の当たりにしたのか、その隙にレイ達を襲うという発想にもならず呆然とその様子を見守っていた。
「な、何をしている、斬り殺せ! 我へ剣を向けた無礼は死を持って償わせよ!」
女性騎士エリンの背後に回ったクルエル王子は扉の周りにいる騎士達に命令した。
「騎士達よ。このような屑の為に死を選ぶな。この俺が今、この外道を斬り捨てても構わないが、それをすればお前達も守れなかった事で死罪は免れまい。だから、今回は見逃そう」
ダーク=ヒーロは剣の血のりを一振りして払うとそう警告する。
騎士達は息を飲んでその動きを止めた。
「早くそいつらを斬り捨てよ! これは命令だぞ!」
クルエル王子は改めて、騎士達を叱咤する。
「黙れ」
ダークはそのクルエル王子を鋭くにらんだ。
王子はその鋭い視線に睨まれた次の瞬間、白目を剥いて失神した。
どうやらただ睨んだだけではなかったようだ。
ダーク=ヒーロは、レイとエルフの元に歩み寄ると、
「それでは失礼する。このような蛮行に次は無いぞ」
と騎士達に警告する。
そして、「──さらばだ」と一言告げると、ダーク=ヒーロはレイとエルフの方に触れ、次の瞬間、三人はその場から一瞬で消え去るのであった。