王都の夜の通りは、相変わらずであった。
色とりどりのランタンが通りを照らし、娼婦の猥雑な内容の言葉が通行人に掛けられる。
声を掛けられる者は慣れたもので、それに対して軽口を叩いて言い返し、笑って通り過ぎていく。
そんなやり取りを見ながらダーク=ヒーロはマスク姿のままその通りを歩いている。
その腕には同じくマスク姿のレイが絡みつきながら歩いていた。
レイの胸が腕に当然ながら当たっているから、ダーク=ヒーロの心臓は高鳴り、緊張は最上級であったが、マスク姿のお陰でそれは察する者はいない。
「(ダーク、すみません。この通りではこういう感じの方が怪しまれないと思いまして……)」
レイが、ダークの耳元に囁くように謝罪した。
そうレイは周囲に溶け込むように演技しているのだ。
それを理解してこれもまた、マスク姿だから誰にも気づかれていないが、ダーク=ヒーロにとってレイの密着姿勢で感じる体の弾力やいい匂いを意識した自分を情けなく感じ、今度はその事に赤面してしまうのであった。
それを恥じるダーク=ヒーロであったが、少し落ち着くと、当初の目的である情報収集を始める事にした。
能力である『地獄耳』を発動する。
すると、この夜の通りの色んな声がその耳に飛び込んできた。
「ぎゃははっ!こいつ、死んでるぞ!」
「絡んでくるんじゃないわよ、酔っぱらい」
「ちょっと、お兄さん。私を買わない?」
その沢山の声にダーク=ヒーロは驚く。
「う、うるさい……。──条件を絞らないと、聞いていられないな」
ダーク=ヒーロはそうぼやくと、耳に入って来る声や音をラジオの電波を調節するように制限を掛ける。
「──また、騎士団が王子暗殺未遂の容疑者だと言って、娼館通りの人間を数人ほど連行したんだって?」
「通報があったらしいがそれは完全にライバル店の嫌がらせさ」
「職人通りのドワーフ連中も結構な数、連行されたんだろ? 酷い話だ」
「昨日は脱獄の手助けに加担した容疑とかでエルフも逮捕されてたな」
「エルフ? エルフはほとんど人間族に興味を持たないのに、わざわざどこかの人間の脱獄の手助けなんてするかよ。というか脱獄した中にはドワーフもいたんだろ? エルフにとってドワーフは犬猿の仲じゃないか、絶対、加担していないだろ?」
「きっと、観光かなんかで訪れてたんじゃないか? とばっちりだよ、とばっちり」
どうやら、脱獄騒ぎから数日、関係ない人々が容疑を掛けられて逮捕されるケースが起きているようだ。
「……酷いな」
ダーク=ヒーロは『地獄耳』で聞こえてくる情報に顔をしかめた。
助けてやりたいのは山々だが、助けてあげるとやはり共犯だった! という事にされてしまうだろう。
それは、本人の名誉の為にも避けたいところである。
「どうなされました、ダーク?」
レイはダーク=ヒーロのつぶやきに反応して聞いた。
「実は──」
ダーク=ヒーロはレイに聞こえてきた情報を一部始終話した。
「……それでは、ダーク。王城の近くに移動して、今度はその捕まっている人々の『声』を聴いてみてはいかがですか? それで聞こえる声の内容で判断して危機に瀕している人だけ助けてはどうでしょう?」
「それだと残された人がかわいそうじゃない?」
「いえ、残された人は関係者ではなかったという扱いになると思いますよ。逆に全員助けると容疑者扱いされて、その家族も捕縛される可能性がありますから」
レイの指摘ももっともだ。
下手に助けて関係者に迷惑が掛かる事は避けた方が良いだろう。
そうなると、緊急性のありそうな者を一人二人だけ助け、あとは関係ないという演技でもして立ち回ってから逃げれば、危害が及ばなくて済むかもしれない。
ダーク=ヒーロはレイの提案に賛同すると、すぐに王城内の王宮の立ち入った事がある一室に『瞬間移動』する。
「こ、ここは? ──王宮内ですね……」
室内から窓越しに外を確認してレイは一言漏らした。
メイドとして王宮に潜入していたから見覚えがあったのだろう。
レイは改めてダーク=ヒーロの能力に感心する。
「……それじゃあ、『地獄耳』を使って、『声』を拾ってみるね」
ダーク=ヒーロは、レイにそう言うと、また、『声』を拾う為に調節して耳を澄ます。
「へへへっ! エルフってやつは何でこんなに綺麗なんだろうな」
「こ、こんな非道を行ってただで済むと思っているのですか!? 他のエルフの仲間が黙っていませんよ!」
「俺はこの国の第一王子だぞ? 俺が正しいと思えば、それは正しいんだよ。お前は先日の脱獄事件の協力者だから捕縛され、自供したから罰を受けるんだ。エルフの仲間も犯罪を犯した者を助けようとは思わないさ」
「自供などしていない! そもそも王都に来たばかりで誰かも知らない者の脱獄をなぜ私が手伝わないといけないのですか!」
女性エルフと思われる声は、悲痛な声で反論している。
もしかすると拷問を受けているのかもしれない。
これは優先して救出するべきか?
「レイ、どうやら一人のエルフが、今、拷問を受けているみたいだ。助けに行ってくる」
ダーク=ヒーロは真剣な声色でレイに言う。
「私も行きます。お互いマスクをしているので、身元はバレないですし」
レイはダーク=ヒーロの決断を尊重してお供を願い出る。
「でも、危険な目に合うかもしれないから、君はここにいて──」
レイはダーク=ヒーロに最後まで言わせず、
「時間が勿体ないです、急ぎましょう」
と反論すると手を取って促す。
「……わかった」
ダーク=ヒーロは頷くとレイの手を握り返して、次の瞬間にはその場から消えるのであった。