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第16話 二人の距離

 ダーク=ヒーロはドワーフで鍛冶屋のローガスと共に一瞬のうちに王都から新たな住処であるヤアンの村に戻ってきた。


「ひゃー、本当に俺っちの家が一瞬で回収されたな!」


 ローガスは村に戻ってきた事を確認すると、瞬時に目的が終了した事に驚く。


「「「ダーク様、お帰りなさい!」」」


 ヤアンの村人達がダーク=ヒーロの帰りを出迎えた。


「あ、ちょっと、待って下さいね。ローガスさんの家、地下もあったから魔法収納から出して設置する前に地面をならさないといけないので」


 ダーク=ヒーロは銀髪美女で村長ロテスの娘レイチェルが村人達の欲しい物リストを手に駆け寄ってきたので、一度、制した。


「はい! お待ちしています」


 レイチェルは承知しているとばかりに聞き分けよくヒーロの傍で待機する。


 ヒーロは美人の気配を脇目に感じてちょっと緊張しながら、住居から少し離れた場所にローガスの希望を聞いて歩いて移動した。


「音がうるさくなるだろうから、この辺りが良いだろうな」


 ローガスが岩壁で囲まれた村の端っこを指差した。


「……わかった。じゃあ、ここに……、と──」


 ヒーロは頭の中に浮かんでくるローガスの鍛冶屋の家の地下部分の幅を確認すると、右手を地面に向けて土魔法を唱える。


 すると、地面が瞬く間に抉れて行く。


「──こんな感じだな。……それじゃあ、ほいっと」


 ヒーロは想像通りの穴を掘れると、そこに魔法収納に納めていたローガスの家を出して見せた。


 穴に寸分たがわず、キレイに地下部分が収まった鍛冶屋がそこに現れた。


「す、凄い……」


 傍でずっと見ていたレイチェルが、呆然とした表情で突然現れた家を見つめる。


「がははっ! さすがダーク様だな! これで明日から鍛冶屋業を再開できるぜ! 材料も地下室にたんまり残っていたから助かったよ!」


 ローガスはダーク=ヒーロに握手を求めると、満足して家に入っていく。


 そして、すぐに室内の明かりが灯る。


「道具類も一切盗られてないようだ。本当に助かったぜ!」


 ローガスは窓を開けてダーク=ヒーロに手を振って感謝すると、笑って室内に戻るのであった。


「それではよろしいですか、ダーク様?」


 レイチェルが次の順番とばかりにダーク=ヒーロにお伺いを立てる。


「あ、お待たせしたね、レイチェル。みんなの注文書はそれで全部?」


 レイチェルの握っている紙の束を見てダーク=ヒーロはちょっとその多さに驚きながら聞いた。


「はい、これで全部です。あ、私の事はレイでお願いします。みんなはほとんどそう呼んでくれているので……」


 レイチェルことレイはダーク=ヒーロにそう答える。


 レイなりに命の恩人であるダーク=ヒーロと距離を縮めたいという気持ちの表れであった。


「あ……、うん。じゃあ、これからはレイと呼ばせてもらうよ。俺の事はダークでいいから。『様』はいらないよ」


 ダーク=ヒーロも銀髪美女のレイに「様」付けで呼ばれる事に緊張しかなかったから、そう答えた。


「私が偉大なダーク様を呼び捨てにはできません……」


 レイはダーク=ヒーロをきっとどこかで名を馳せた有名な魔法使いだと思っていたから恐縮した。


「いや、本当に俺の事は『様』付けで呼ばないでいいよ。そっちで呼ばれると緊張するから」


 ダーク=ヒーロは仮面越しに緊張して自嘲気味に笑う。


 レイはそんな謙虚な姿勢のダーク=ヒーロに尊敬以外で人らしい好意を持った。


「……わかりました。さすがにみんなの前では恐れ多くて呼び捨てには出来ないかもしれませんが、二人の時は『ダーク』と呼ばせてもらいます」


 レイは暗闇でまじめにそう答えた。


「それじゃあ、行こうか」


 ダーク=ヒーロは日が上がる前に戻って来たいからレイに手を差し出す。


「……はい。お願いします」


 レイはちょっと緊張気味に、ダーク=ヒーロの手を握り返した。


「では近くの街に『瞬間移動』」


 ダーク=ヒーロがそう口にした次の瞬間には、二人はどこかの街の裏通りに移動していた。


「……本当にダークさ……、じゃない。……ダークの魔法は凄いですね」


 レイは慣れないダーク呼びに困惑しながらも、感想を漏らした。


「それより、こちらに来て思ったんだけど……、こんな夜更けに希望の品が買えるお店は開いていないと思うのだけど……」


「あ……」


 二人は眠らない都、王都基準で物事を考えていたから、買い物が出来ると思っていたが、地方の街は夜中にやっているお店など需要がないからあるわけがない。


 瞬間移動してから周囲の様子がわかって、思わず二人はその現実を実感した。


 二人は、目を合わせてお互い苦笑する。


「それでは朝一番に、また、運んでもらえますでしょうか?」


 レイは王都で買い物出来ない事はわかっていたから、一度、村に戻って運んでもらう事を提案した。


「……それはできないんだ」


 ヒーロはどう答えて良いものか歯切れの悪い物言いで、答えた。


「? あ、それは、ダークさ……、ダークの正体を私やみんなに知られる可能性があるからですね? 確かに日中に仮面姿は怪しいから付けていられないですよね。すみません、そんな事にも気づかなくて……。それなら、人気のないところで送り迎えだけしてもらたら、私があとは一人で買い物しますよ。私、これでも小さいですけど魔法収納能力を持っているので、荷物には困りませんから」


 レイは本当の理由を知らないまま、気を遣って答えた。


「……いや、そうじゃないんだ……。正体の事もなんだけど……。日中はどうしても都合がつかないというか……、不可能というか……。できたら、このまま朝まで待ってもらってから買い物をしてもらい、夕方以降に再度落ち合う形でどうかな?」


 ダーク=ヒーロは日中は全くの無能であるから、全く役に立てない。


 レイや村のみんなはダーク=ヒーロを恩人として慕ってくれているだけに本当の事を言う事は気が引けた。


 それに、日中無力である事実と、その正体が知られるとどこから情報が漏れて命の危険があるかわからない。


 それだけはどうしても避けたかった。


 王都ではきっと脱走を助けた仮面の男は指名手配されているだろうから、そんな弱点がバレたら、すぐ日中に捕らえられてアウトだ。


「──わかりました。それでは私、どこかで朝まで時間を潰してから用事を済ませますね」


 レイは命の恩人にも秘密がある事を理解して、それを聞き返すことなく頷いた。


「ごめん……」


 ダーク=ヒーロは一言謝ると、待ち合わせ場所を指定して、その場から逃げるように、『瞬間移動』で明け方前の自宅へと戻るのであった。

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