ヒーロは、メイド姿であるロテスの娘の手を握ると、すぐ、この場から逃げる事にした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんた! ここから逃げるんだろ? それなら俺っちも逃がしてくれ!」
先程、ロテスの娘を名乗ったおっさんがヒーロに助けを求めて来た。
「あなたの事知らないですし、牢屋に入れられているという事は、悪人ですよね?」
ヒーロが警戒心を露わにおっさんに答えた。
「そこのメイドの姉ちゃんが牢屋に入れられていた時点で、俺っちも無実の罪で入れられたと何で思えないんだよ! 俺っちは鍛冶職人のドワーフで、ここの王族からの仕事の依頼を何度も断ってたらここに入れられたんだ!」
ドワーフのおっさんは牢屋の覗き窓に顔を張り付かせて、必死に説明した。
「ローガスさんの言う事は本当です。第一王子の依頼を断り続けてここに幽閉されたのは、私も使用人仲間から噂で聞いていました」
ロテスの娘が、ドワーフのおっさん、もとい、鍛冶屋のローガスを擁護した。
ヒーロは、ドワーフのおっさんの言う事は信じられないが、この銀髪、赤い瞳の美女メイドの言う事は信じる事にした。
それに人助けは望むところだ。
「じゃあ、ローガス。扉から離れて。──えい!」
ヒーロは扉を蹴破ると、ローガスを救出する。
「ほっ……。助かるんだな……! それにしてもあんた、牢屋の扉を蹴破るなんてとんでもないな! ──ところでこれからどうやって王都から逃げ出すんだ?」
牢屋から出たローガスは一息つくと目の前の命の恩人である仮面の男に大事な質問をする。
牢屋から出してもらえたが、この王宮から出られなければ意味が無い。
脱獄してまた、捕らえられたら今度は縛り首かもしれないのだ。
「それなら心配には及ばないよ。二人とも俺の手を握って貰えます?」
「「?」」
二人は言われるがままにヒーロの手を繋ぐ。
「……それでは。──『瞬間移動』……!」
ヒーロがそう唱えると、次の瞬間には、三人の姿は牢屋から消えるのであった。
「こ、ここは!?」
鍛冶屋のローガスは、目の前の牢屋のむき出しの石壁が、次の瞬間、どこかの家の室内に変わった事に、目を見開き慌てる。
「え?」
ロテスの娘も、ローガス同様驚くが、そのリアクションは小さい。
思ったより普段は冷静な子なのかもしれない。
「ここは、辺境の街の端にある俺の家です。瞬間移動で来たので驚くのも仕方ないですね。あ、ロテスとその一団は、先に避難させたのですが、街の外で待機して貰っていますから安心してください。ロテスの娘さんもここからそちらに、改めて移動してもらいますね。──鍛冶屋のローガスさん、あなたはどうしますか? 俺が行った事がある場所なら瞬間移動で案内できますが……」
ヒーロはロテスの娘より先に、この黒髪に顔全体を覆う髭面のドワーフに行きたい場所を聞いた。
「俺か? ……どうしたもんかの。俺っちは鍛冶屋だ。鍛冶が出来るところならどこでもいいんだが……。ここは王都から相当離れているのか?」
「ええ。ここは王国でも南の端に位置する辺境らしくて、確か領主はデズモンド子爵だったかな」
「え? ここはデズモンド子爵領なんですか!?」
ヒーロの説明に驚いて食いついて来たのは、ロテスの娘だった。
「ええ」
ヒーロは娘の大きな反応に内心驚いたが、それは仮面で悟られる事なく頷いた。
「デズモンド子爵は第二王子支持派の貴族で、清廉潔白な方と聞き及んでいます。ローガスさん、ここなら王都で第一王子の権力に怯える事無く過ごせますよ」
ロテスの娘はそう言うと、ドワーフのローガスにここでの生活を勧めた。
「そうなのか? それなら、ここに生活拠点を定めるか。仮面の兄ちゃん、そういう事だから、この嬢ちゃんと一緒の場所に案内してくれ」
「……そういう事なら、仕方がない。それでは俺の手を握って。──『瞬間移動』!」
ヒーロは、ロテスの娘の華奢な手とドワーフのローガスのごつごつとした手を握ると、街の外のデズモンド子爵領からさらに離れた辺境のとある森林地帯の真ん中に開けた場所へ移動した。
そこは、周囲から遮断するように大きく高い岩の壁に囲まれたところで、それが人工的に作られたものである事はすぐにわかった。
地中から生えたような石造りの家らしい建物も沢山並んでいる。
そこから灯りが漏れていた。
「ここは?」
ロテスの娘が当然の質問をした。
「デズモンド子爵の領都からさらに南の辺境にある森の中です。急遽俺が、みんなの避難所として、そこに壁と家を作った感じです」
ヒーロはロテスの娘を救助する際、あらかじめロテス達黒装束の一団に荷物をまとめさせ、人気のないこの場所に移動したのだ。
そして、森の一部をあっという間に魔法でくり抜くように整地し、岩の壁で覆って安全を確保。
ついでに一晩明かせるように土魔法で家も作ってから救出作戦を行ったのだった。
「これは呆れるくらい何もないところだな。ここで生きていくのは大変だぞ?」
ローガスが文字通り呆れ顔でぼやいた。
「ここは、ほとぼりが冷めるまでの避難所だと思ってください。行きたいところがあったら、今後──」
「レイチェル!? レイチェルなのか!?」
ヒーロが説明している最中、家の一つから灯りの一つが揺らぎ、そこから人影がこちらに伸びて、その人物がこちらに気づいて声を掛けて来た。
それは黒装束の集団のリーダーであるロテスの声であった。
「お父さん? そうよ、私よ、レイチェルよ!」
メイド姿のロテスの娘、レイチェルは父親の声に先程までの冷静な態度とは打って変わって、銀髪を振り乱してロテスの方へと駆けていく。
「話の続きはどうやら、明日だな! わははっ!」
ドワーフのローガスが、命の恩人である仮面の男、ヒーロの背中を叩いて笑う。
「それではみなさんで、先程の事は話し合っておいてください。俺はそろそろ時間なので帰ります。明日の夜、また来ますね」
ヒーロはそうロテス達に聞こえるように、声を掛ける。
ロテス達はレイチェルの無事に沸き立っていたが、ヒーロの言葉に静かになった。
「もう行くのか? ──そうだ、聞くのを忘れていた。お主の名前を教えてくれ」
ロテスが娘レイチェルを抱きしめたまま、ヒーロに名前を聞く。
「名前……、名前かぁ……。闇野……、いや、ダーク……、ダークです。俺の名前はダーク。
「夜闇のダーク……」
ロテス達がその名前をしっかり自分に刻み込むようにつぶやいていると、次の瞬間には夜闇のダークであるヒーロは、その場から姿を消しているのであった。