ある日の夕方。
いつも通りGランクのクエストを終えて、冒険者ギルドに達成報告の為に帰っている途中、女性の悲鳴が路地裏から聞こえてきた。
「きゃー! 誰か助け──」
途中で口を塞がれたように声が不意に聞こえなくなる。
他にも聞いた者はいたはずだが、聞こえないふりをして通行人は通り過ぎていく。
ヒーロも他の通行人同様、安全が第一なのであまり関わりたくはなかった。
それはモブ並みの能力しかない日中の自分にやれる事は少ないし、身の安全の為でもあったが、危険とわかっていても人として行かなくてはいけない時があると、自分の中の大切な何かが主張していた。
もう、夕方とはいえ、日はまだある。
だからチート能力は全く使えないし、殴られれば簡単に大怪我もするだろう。
だが、ヒーロは黙って立ち止まると握り拳に力を入れ、勇気を振り絞って路地裏へと飛び込んだ。
その路地裏はすでに薄暗く、通りの開けた明るさに慣れた目では、目を凝らさなくてはよく見えなかった。
暗闇に目が慣れるとそこには四人の男と、その男達の一人に多い被さられている上半身裸の女性がいるのがわかった。
この路地裏の暗闇でも女性の白い肌が浮かび上がってはっきりわかる。
なるほど、そういう事か。
状況を把握したヒーロは、
「警備兵を呼んだからそこで止めときな!」
と、暴漢達に声をかけた。
勇気を振り絞った結果、声が震えていた。
それがわかったのだろう、暴漢達は、
「声が震えてるぜ兄ちゃん。警備兵? この場所にすぐ来てくれる熱心な警備兵なんて聞いた事がないぜ?」
常習犯なのだろう、まるで慌てる事なく三人がヒーロに近づいてくる。
「待てお前達。わかってるのか、俺が何者か?」
暴漢達が立ち止まる。
「どういうことだ?」
暴漢達はヒーロの言葉の意味がわからず聞き返した。
これはただの時間稼ぎだった。
夕日が沈めば、あの時発揮したチート状態が戻ってくるはずだ。
普段、すぐ寝るので確認さえしていなかったが、夜は最強最悪の魔王を倒せた天下無双のチーターのはずだから、その能力を発揮するまでは暴漢達に近づかれるのはまずい。
「俺は、お前達のような悪漢でも怪我させたくないからここは立ち去っ──」
ヒーロは最後まで言い切る事は出来なかった。
暴漢の一人が走ってきて思いっきりヒーロを殴ったのだ。
痛っ!
目の前に星が飛び、脳が揺れ、脳震盪を起こしたヒーロは背後に吹き飛んだ。
「なんだこいつ、弱いぞ? ただのハッタリだったな、ぎゃはは!」
女性に被さっていた男はその光景を、手を止めてやり取りを見ていたが、仲間の言葉にまた、女性を抑えつけて、続きを強引に始めようとした。
仲間達は倒れたヒーロに殴る蹴るの暴力で追い打ちをかけ、袋叩きにする。
鈍い音と共にそれを楽しむ笑い声が聞こえていたが、突然、ぎゃっという短い叫び声と共に、女性に覆い被さる暴漢の頭上を複数の何かが飛んでいった。
暴れる女性を抑えつけたまま、顔を上げるとそこには、殴られて顔が腫れ、誰だかわからない男が立っていた。
「ひでぇ顔だな。ぎゃは──」
顔を見て笑った暴漢は顔を腫らしたヒーロに顔を蹴られると、路地裏の奥に勢いよく飛んでいき、壁に当たって止まると動かなくなった。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
襲われかけていた女性は泣きながら、顔を腫らして誰だかわからないヒーロにお礼を言う。
「そりぇはよがったでしゅ」
顔が腫れているせいか滑舌が悪くなっていたヒーロだったが、上着を脱ぐと上半身裸の女性に着せて上げ、その場から立ち去るのだった。
よし、今の俺、格好良かったよね!?
内心ガッツポーズをするヒーロだったが、助けられた女性にとっては顔が腫れ過ぎて誰かわからない通りすがりの男性のままであった。
ヒーロは歩きながら自分の顔がとても腫れている事に気づくと、冒険者ギルドに戻る前に今なら出きるはずと、自分に回復魔法の『治癒』を唱えてみる。
するとチートよろしく、見事に腫れた顔は元通りに普通の顔に戻っていく。
「これで、もう少しイケメンになったら、良いんだけどな」
顔を触って腫れが引いた事を確認しながら、ヒーロは愚痴をこぼす。
さすがにチートでもイケメンにはなれないらしい。
嘆息するヒーロだったが、気を取り直し、冒険者ギルドでクエストの完了を報告する。
そして、いつも立ち寄る酒場兼食堂で、いつものお任せメニューを選んで食事を食べ、早々に自分の家へと帰っていくのであった。
翌日。
昨日、暴漢とトラブルがあったところで、人混みが出来ていた。
「ここいらで悪さしていた連中が路地裏で気を失って倒れていたらしいよ?」
「警備兵に通報されてそのまま御用とか笑っちまうな!」
「通報者はあいつらに襲われかけた女性らしいけど、誰かに助けられたとか」
「この辺にそんな勇気がある奴いたのか、珍しいな」
「アイツら、この辺りじゃ札付きの悪だぜ? よそ者じゃない限り手を出す奴いねぇよ」
「確かにそうだな」
近所の住民達は悪党が捕まった事にホッとしていた。
これまでの悪事を考えると、その罪状から二度とここに戻る事はないだろうと思えたからだ。
住民達は物好きなよそ者に感謝する。
ヒーロは、住民の会話を聞いて、素直に嬉しい気持ちになった。
他人様の役に立てる事がこんなに誇らしいと思っていなかったのだ。
前世でもほとんど無関心で人を助ける事などなかったヒーロであったが、チートな自分の力に付いて、この時、真剣に向き合おうと思うのであった。