暑い夏の日、放課後の静かな校舎で僕はいつものように怪事件捜査部の部室に向かっていた。もっとも、この部は実質的に「同好会」扱いで、実際に活動しているのは僕とセンカだけ。
もう一人の部員は幽霊部員で、ほとんど顔を見せたことがない。
僕の日課は、部室のクーラーで涼みながら漫画を読むことだ。特にこの暑い季節は、外に出る気になれない。
それに、ここにいれば誰にも邪魔されない……はずだった。
「……あれ?」
部室に入ると、そこには予想外の人物がいた。脱力系の美人先輩、
「カイ君、待ってたよ~」
その柔らかな口調とともに、ふんわりとした笑顔が僕に向けられる。僕は一瞬、驚いて立ち止まったが、次の瞬間、ため息をついて近づいた。
「先輩、どうしてここに?」
「ん~? お菓子があるから、カイ君と一緒に食べたくて~」
相変わらずののんびりした口調で、彼女は僕を手招きする。
テーブルの上には、いくつかのスナックやチョコレートが並んでいて、どうやら僕のために準備してくれたらしい。
「いや、でも僕、漫画を読みに来たんだけど……」
そう言いつつも、僕は椅子に座る。夜代先輩の手際よく広げられたお菓子の袋を見ると、確かにちょっと小腹が空いてきた。
「カイ君、ほら、どうぞ~」
先輩は僕にお菓子を差し出しながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
近い……。
いつも通りのゆったりとした動きだが、その距離感が異様に近い。僕が手を伸ばすと、自然に彼女の手に触れてしまい、ドキッとする。
「ありがとう……ございます」
僕は軽く礼を言いながら、お菓子を受け取る。だけど、先輩はそのまま僕のすぐ隣に座ってきた。近い、すごく近い。
「美味しい?」
彼女は甘い声でそう尋ね、僕の方に顔を近づける。頬が触れるか触れないかというくらいの距離だ。
その表情は相変わらずのぼんやりとした笑顔で、いつもの脱力した先輩らしいが、なんとなく挑発的に感じる。
ストーカー事件が解決したことで、眠そうな目は少しだけマシになっているが、ダウナー系の雰囲気は変わらない。
「え、ええ……まぁ、普通に美味しいですけど……」
僕が答えると、夜代先輩はにっこりと笑った。そして、その瞬間、彼女の制服のボタンが一つ、二つと外れていることに気がついた。
開いた隙間から、胸の谷間がちらりと見える。
「うふふ、カイ君、もっと食べて~」
先輩の指がそっと僕の手元に触れ、また別のお菓子を手渡してくる。
そのたびに、彼女の胸元が目に入ってしまう。ボタンが開いたことで、谷間がはっきりと見えてしまっているのだ。冷や汗がにじむ。
「先輩……ちょっと、近いです……」
「そう? ごめんね~。でも、カイ君と一緒にいると、なんだか落ち着くの」
夜代先輩は悪びれる様子もなく、さらに顔を僕に寄せてくる。
僕はその距離に焦りながらも、先輩の柔らかな表情に逆らえない。お菓子を食べながら、何とか気を落ち着けようとするが、心臓の鼓動は早まるばかりだった。
僕が夜代先輩の距離の近さに焦りながらお菓子を口に運んでいたその時、突然、部室の扉が勢いよく開け放たれた。
「何しているんですか! 雑魚カイ先輩!」
その声に反応して、僕は驚いて振り返る。
扉の向こうに立っていたのは、後輩の天野キコだった。小柄で可愛らしい顔立ちの美少女だが、その生意気な態度はいつも僕を困らせる。
中学生時代の後輩で、センカよりは古くないが家が近い幼馴染でもある。
「天野……?」
「あー、もう! また部室でのんびりしてるんですか?! これだから雑魚先輩は困りますね! もっと友達を遊びに行くとか、部活を頑張るとかないんですか?」
キコはじっと僕を睨みつけてきた。
彼女はなぜか僕を見下しているらしく、毎回「雑魚カイ先輩」と呼んでくる。それがまた、非常に生意気だ。だが、昔は大人しくて僕の後についてきた可愛いやつだったのに、いつからこんな生意気になったんだ?
「雑魚はないだろ……」
僕が不満を口にしようとすると、キコの視線は夜代先輩に向けられた。彼女の目が一瞬大きく開かれ、そして眉をひそめた。
「……誰ですか? このオッパイおばけは?」
その言葉に僕は思わずむせた。キコの口から飛び出したのは、まさかの夜代先輩への失礼極まりない発言だ。
確かに、夜代先輩は大きな胸を持っているが、いきなり「オッパイおばけ」と呼ぶのは……。
「え?」
夜代先輩は、キコの言葉を受けてぽかんとした表情を浮かべている。
彼女は普段、ぼんやりしているせいで、こういう突飛な発言にも特に動じる様子がない。
「ちょっと、天野! 先輩に対して失礼だろ!」
「だって、どう見てもこの人、おっぱいでかすぎますよ! それでカイ先輩を誘惑してるんでしょ? これだから雑魚先輩はダメなんです! すぐ女性に流されるなんて最低です!」
天野キコはさらに言葉を重ね、僕を非難する。しかも、夜代先輩にまでケンカを売っている。僕は頭を抱えたくなる衝動を抑えながら、キコをなだめようとした。
「いや、別にそんなことは……」
「カイ君、私、オッパイおばけなの?」
夜代先輩がぼんやりとした表情で、こちらに尋ねてくる。
彼女は全く気にしていないようだったが、むしろ僕が気まずくなってしまう。キコは僕と夜代先輩の様子を見て、さらに不満げに口をとがらせた。
「とにかく! 私はあなたみたいなおっぱいでかいおばけに負けませんから!」
「別に勝負じゃないから……」
僕がなんとか話をまとめようとするが、キコは全く聞く耳を持たない。そして、夜代先輩は相変わらずぼんやりとした様子で、キコの言葉を受け流していた。