僕は、びしょ濡れの夜代先輩とセンカが意識を取り戻したのを見て、胸をなでおろした。二人は混乱しているようだったが、垢舐めによる影響からは解放されたようだ。
「ふえっ?! なんで私、こんなにびしょ濡れなの?!」
センカが自分の体を見下ろし、驚いた様子で声を上げる。一方、夜代先輩もまた、自分が風呂場にいることに気づき、少し戸惑った表情を浮かべている。
「お風呂? どうしてここに……?」
「二人とも、大丈夫か? ストーカーの原因は解決したぞ」
「えっ? もう終わっちゃったの?」
「ああ、幽霊じゃなくて、妖怪垢舐めが原因だったんだ。あいつが君たちを舐め回して、火照らせてたんだよ」
僕は説明しながら、手のひらに小さくなった垢舐めを見せた。先ほどのぬるぬるとした恐ろしい姿からは想像もつかないほど、今では小さい姿になっていた。
「これが……ストーカーの正体だったんだ」
センカは目を丸くしながら垢舐めをじっと見つめている。その横で、夜代先輩は興味津々といった表情を浮かべた。
「ふへぇ〜これが私のストーカーさん?」
「そうです。ストーカーというか、取り憑いてた妖怪ですよ」
「取り憑いていた妖怪?」
「そうです。夜代先輩にずっとついてきてたのは、この垢舐めです。普通の垢舐めはお風呂とかの垢を舐めて、不潔であることを知らせてくれる妖怪なんですけど。こいつに舐められると、体が火照るっていうか、ちょっとエッチな気持ちになってしまうみたいです」
僕の手の中でオロオロとしている赤舐めは大人しくなっていた。
「変わった奴だけど、今は大丈夫です。力を弱めて封印したから、もう悪さはしないはずですよ」
僕は苦笑いを浮かべながら、垢舐めを見せた。すると、予想外の反応が返ってきた。
「……え、可愛い!」
夜代先輩が目を輝かせながら、垢舐めを覗き込んだ。その瞳には恐怖どころか、むしろ愛らしさを感じている様子だった。
「この子、私についてたのね……でもこんなに小さくて可愛いなら、怖がる必要なかったかも?」
「え……いや、でも、さっきまで二人の体を舐めて火照らせてたんだぞ? それにもっと大きかったから不気味だったし」
僕は戸惑いながらも言い返すが、夜代先輩は気にする様子もなく、垢舐めを指でつついていた。今やその妖怪は抵抗することもなく、彼女の手の中で大人しくしている。
「うふふ、いい子ね。私、こういうちょっと変わったものが好きなのよ」
夜代先輩はニコニコしながら垢舐めを可愛がり始めた。
どうやら彼女はこの妖怪を気に入ったらしい。僕としては少し複雑な気分だが、彼女が幸せならそれでいいのかもしれない。
「あっ!」
「えっ?」
俺が驚いた声を出すと、垢舐めが先輩の胸に飛び込んだ。
「消えちゃった」
「あ〜どうやら先輩に取り憑いたようです」
「えっ?! 大丈夫なの?」
「力を封印しているので、悪さはしないと思います。守り神程度にはなるかと」
「そっか、うん。ならいいかな。ナメちゃん」
先輩が呼びかけると手のひらに垢舐めが現れる。ひょっこりと先輩に懐いて指をペロペロと舐めている。
「ふふ、可愛い」
先輩の感性はわからないけど、幸せそうにしているからいいか。
「それにしても……カイ君、助けてくれてありがとうね」
夜代先輩がふいに真剣な表情を見せ、僕の方に視線を向けてきた。僕が少し驚いていると、彼女はセンカが見ていないタイミングを見計らって、ゆっくりと僕に近づいてきた。
「カイ君……」
彼女の顔が近づいてきたかと思うと、耳元で囁かれる。
「……今日のカイ君、とっても素敵だったよ」
彼女の低く甘い声が耳に入った瞬間、ゾクッと背中が震える。普段は脱力系の先輩なのに、その一言は不意打ちで、僕は思わず顔が赤くなってしまう。
「そ、そんな……」
僕が照れながらも何か返そうとすると、夜代先輩はニコリと微笑んでから一歩下がり、元の落ち着いた表情に戻った。まるで何事もなかったかのように、再び垢舐めを手に取り、愛おしそうに撫でている。
「ねぇ、この子、私のペットにしてもいいかしら?」
先輩はそう言いながら、また垢舐めを撫で回している。まさか妖怪をペットにするなんて……僕には想像もつかなかったが、これも彼女らしいと言えば彼女らしいのかもしれない。
「……ま、まぁ……もう悪さしないと思いますので、いいんじゃないか?」
結局、僕はそれ以上何も言わずに、ただ呆れるように苦笑いするしかなかった。
垢舐めも悪さをしなければ問題ないし、夜代先輩がそれで幸せなら、それでいいか……。
そう自分に言い聞かせ、僕はぼんやりと彼女たちのやり取りを眺めていた。
「カイが事件を解決しちゃったから、先輩のストーカー事件は解決かな? うーん、もっと幽霊さんとお話ししてみたかったけど、残念残念」
どこか残念そうな言い方をするセンカに僕は呆れてしまう。
「何もないのが一番だろ。それよりも体が濡れているんだから、先輩にタオルを借りて拭けよ。僕は外に出てます」
「うん。カイ君ありがとう」
僕は二人に体を拭くように言って風呂場をでた。