僕こと
バタバタと廊下から聞こえてくる足音に、放課後の静けさなど微塵も感じられない。窓の向こうはそろそろ夏の日差しが強くなってくるというのに、あいつの足音だけは暑苦しさを運んでくるようだ。
「カイ! とんでもない怪事件を聞いてきたよ!」
幼馴染であり我が怪事件捜査部の部長を務める
いつも通りの美少女は長い髪を頭の上で結んで、大きな胸を走って弾ませながらやってきた。
その興奮した表情で駆け寄ってきて、僕が座る机を、バンと叩いた。
「聞いてよ!」
「またかよ…」
ため息をつきながら、俺はこの学園でも可愛いと噂の幼馴染を見上げる。
センカの瞳はいつものようにキラキラと輝いていて、圧倒される。
「旧校舎で、夜な夜な幽霊が出るって話を聞いたんだよ! 行って確かめてみようよ!」
僕は内心で愚痴りながらも、センカとの長い付き合いを思い出していた。
彼女は幼稚園の頃からの幼馴染で、家も近所だ。
僕の家は神社を管理しており、街では有名な祓戸一家と呼ばれて、神職に従事している。
幼い頃からセンカとウチに遊びにきていて、彼女の好奇心旺盛な性格には何度も振り回されてきた。
最近では、ホラー好きが高じて学校の怪事件捜査部まで設立して、僕を強引に入部させた張本人でもある。他にも幽霊部員が一人いるが、部員は三人だけの同好会として活動をひっそりと行っていた。
見た目の様子から、センカに声をかけた男子は山のようにいたが、ホラーや妖怪の話を聞かされた半分がドン引きして、残りの半分は思いを伝えたが玉砕した。
恋愛よりも、ホラーに興味があるセンカの答えは、「う〜ん、あなたのこと知らないから好きなことに時間を使ってる方がいいかな? ごめんね!」とあっけらかんと言われた告白をした者たちは、なぜか満足して引き下がった。
「普通にいやだけど」
「なんでよ! 私、気になるんだよ! すぐに行こうよ! いいの? 私が危ない目にあって帰ってこなかったら? これを知っているのはカイだけなんだよ! 責任を感じない?」
「どんな脅し文句だよ。わかったよ。付き合うって」
どうせ家に帰っても神社の掃除をさせられるだけだ。
俺は渋々立ち上がって部室を出る。
「やった!! だから、カイって好きだよ」
無自覚なのだろう。上目遣いに好きと伝えてくるセンカはズルいと思う。
僕は平凡な一般庶民なのだ。
この美少女幼馴染とは比べられると辛いほどに庶民の俺には彼女の言葉で胸がドキドキとしてしまう。
彼女は嬉しそうに手を叩き、僕の手を引いて歩き始める。
自然に手を繋いでくるとか、どれだけ陽キャラなんだよ!
その瞬間、僕は再び思った。
この好奇心は厄介だけど、やっぱり抗えない。
♢
旧校舎は、夜になると閉鎖されるそうだが、事前に申請をしていると出入りは自由になる。
高校生になれば、部活で夜遅くになる生徒も増えるので、まぁ信用されているということなのだろう。
僕たちは渡り廊下を使って学校の旧校舎に向かっていた。
校舎の廊下はひんやりとしていて、七月の夏休み前なのに妙に冷たい。
薄暗い明かりが不気味に揺れているようにすら感じられる。
センカは霊感が全くないので怖がる様子もなく、先を進んでいく。
「ここで幽霊が出るって話なんだけどね。……どう?」
楽しそうに聞いてくるセンカに対して、僕は深々とため息を吐いた。
僕は神社の息子として、それなりに霊感が強い方だ。
確かに何かの気配を感じられる。
「うん。何かいるね。センカ、気をつけろよ。僕から離れるな」
「わかった! でも、やっぱりいるんだね! 楽しみだよ」
彼女が楽しそうに笑いながら、僕の腕に抱きついた。
その豊満な胸に挟み込まれた腕が暖かさと柔らかさの、天国を味わうことになる。
とりあえず僕は、自分の気持ちを落ち着けながら、センカを安心させるために肩を叩いた。
「大丈夫だから」
「うん! カイを信じているよ!」
これだから怪事件の現場にくるのをやめられない。
センカがしっかりと密着してくるのを感じながら、扉を開ける。
僕も扉を開ける手に緊張する。
だけど、扉を開けた瞬間に、線香の体が硬直した。
先ほどまで伝わってきていた温もりが急激に冷たくなる。
「センカ…?」
次の瞬間、彼女は無意識に奇妙な行動をとり始めた。
「カイ…。凄く暑いね」
そう言って徐に服を脱ぎ出したセンカは、ブラウスのボタンを外し始める。
「もうかよ! 取り憑かれるのが早すぎるだろ!」
そうだ! センカは霊力がないのだが、幽霊や悪霊に取り憑かれやすい体質をしている。だから、俺は彼女から離れることができない。
「クソ! 今すぐ解除してやるからな!」
センカは僕の声にも反応せず、ブラウスのボタンを全部外して、スカートに手をかけている。
「なんだよこの悪霊! なんで服を脱いでるんだよ!?」
僕は必死にセンカに取り憑いた悪霊を祓うために彼女を抱きしめる。
高校生とは思えない発達した体をしているセンカの半裸を抱きしめている状況ではあるが、興奮している余裕は何もない。
なんとか取り押さえて、呼びかける。
「センカ、しっかりしろ!俺だ、カイだ! 祓戸解だ!」
ようやく彼女を捕まえ、祓いの言葉を唱え始める。
センカの体からゆっくりと力が抜けていく。
代わりに取り憑いた悪霊が外に出た。
「私! ショジョで死ぬとかいやなんだけど!?」
そう言ってギャルの悪霊が、未練を口にするが、俺は問答無用で札を張って祝詞を捧げる。
「
僕が祝詞を唱えると、ギャルの悪霊は化粧を落として、普通の女の子として成仏していく。
しばらく待っているとセンカが目を覚ました。
もちろん服は全て着させた。
「ふわぁ〜。寝た寝た。あれ? 悪霊は?」
「もう成仏したよ。てか、乗っ取られるんだから、悪霊に会いに行こうとするのやめろよ!」
「う〜ん、考えとくね〜。うんうん。いつもありがとう、解」
センカは笑顔で僕にお礼を告げる。
僕は心の中で呆れつつも、彼女が怪事件を探しにいくことについて行ってしまう。