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これまで私は善行に報いてきたと思う。
ある時は虐めようとする継母から義妹を守り、
ある時は義妹の誘拐計画を暴き黒幕の継母を追放した。
これで義妹と幸せに暮らせると思った矢先、治めていた領地に訪れた飢饉が私と義妹の運命を大きく変えてしまう。
「ルマリ・エール卿の元に嫁ぐんですか!?」
「えぇ……そして貴方は王家直血貴族の一つである赤獅子公の元に嫁ぐのです」
飢饉を乗り越え十五歳になった年の春に私は義妹のアリアにそう言った。
私は隣領を治めるルマリ・エール卿の元に嫁ぎ義妹のアリアは前々から進めていた赤獅子公の所に嫁ぐ。
同時に私たちが治めていた領地はルマリ・エール卿の領地に統合される。
「私の責任です私財を投げ売り交易路を整備する名目で民衆を雇用し食料と給与を支給し次の年の麦が取れるまでの生活費と食料を確保させた……故に私たちの生活は立ち行かなくなってしまった」
「そんな……あのままでは死人が出てどのみち粛清対象になっていましたよ?」
民衆を苦しめる行為は貴族の恥であり国王への嘆願が通れば粛清騎士による粛清対象となり殺される。
粛清を恐れての行動ではない。
ただ苦しむ領民を救うための行動だった。
故に悔いはないし何かあった時の事を想定し前々から進めていた義妹のアリアと赤獅子公の縁談話を進めていた事が功をなす結果となる。
「しかし…大丈夫でしょうか……ルマリ・エール卿は黒い噂の絶えない方と聞きます」
「大丈夫よ……それよりも赤獅子公の元に嫁ぐ為の準備を進めましょう?」
ルマリ・エール卿が黒い噂を持つ貴族だとは重々承知の上で婚約する事を決めた。
交換条件として私達が治める領地と領民の生活を守る事を了承させる。
「早速だか……俺の泥を被ってくれるか?」
嫁いだ日の夜に私はルマリ・エール卿のいる応接室に呼び出されると第一声がそれだった。
労をねぎらう言葉もなく変わりに聞かされたのはルマリ・エール卿の数々の悪行である。
近隣領地の『幼女少年の誘拐』『女性への凌辱行為』『王国禁則品の裏取引き』『特定商人への助力と引き換えの金品』『特定の商人冒険者への暗殺行為』まさに黒い噂の全てが事実である事を告げられた。
「大丈夫……粛清対象にはならない何せ粛清騎士が親父だからね……だから俺の黒い噂その全てが君が行なるそれだけの事だよ」
「そんな……そんな事をすれば夫である貴方の立場は……」
「夫にはならないよ……そんな汚名令嬢と結婚する馬鹿はいないし由緒正しいエール一族の歴史に泥をぬるつもりはないしね?」
「くっ……」
「あぁ……もちろん私に責任を擦り付けないでくれよ最悪君が親父から粛清されるかもしれない」
笑いながらルマリ・エールは語りかける。
私との結婚と領地併合をすんなりと受け入れた目的は自身の悪行を擦り付ける人間を得るのが目的だったのだ。
こうして私はルマリ・エール卿の悪行を被り数々の悪名を持つ令嬢となり婚約破棄される。
ルマリ・エール卿の元を追い出された私が行く先はない。
知らない街で娼婦にでも身を落とそうかと思った矢先に現れたのは私と婚約したいと言う変わり者の田舎に住まう冷徹貴族だった。
「一体……何が目的でしょうね?」
馬車に揺られながら専属侍女のクロエに向かって私は語り掛けた。
「さぁにしても良かったじゃないですか……これで宿屋から卒業ですしちゃんとしたご飯が食べれます」
「そう言う問題じゃないでしょう私みたいな悪名だらけの女を迎えて何を考えているのかしら?」
「大丈夫ですよ嫁ぎ先のリオベル様は殆ど社交界には顔を出さないと言いますし噂なんて気になさらないかたなのでしょう?」
顔を出さないと言うか出せないのだ。
話によれば私の領地で飢饉が起きる前に同じ様な飢饉を起こし大量の餓死者を出した事から両親を粛清されたと聞く。
以来人嫌いで気分で使用人をクビにするか斬り殺す様な冷徹貴族だと言う話である。
「つきましたよ?」
そうして馬車から降り私は直ぐに頭を下げ挨拶をした。
「お初にお目にかかります……私はリゼッタ・ルリエスタと言い……」
私は顔を上げる。
冷徹貴族と呼ばれる彼は一体どんな顔をしているのか興味があったからだ。
“ーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!?”
目の前にいた彼を見た瞬間私の周囲に春が訪れた。
輝く銀髪に均整の取れた身体、
睨みつけてくる様な細いツリ目、
向けられる視線は狼の様な獣じみた勇敢さと威厳
が発せられる。
そんなリオベル・ウルフィン様を見た瞬間電撃の様な衝撃と品性は美しい絵画を眺めている様な気分になってしまう。
何よりも彼の人を睨みつけているような目、あの目が忘れられなかった。
「一体……なんなの彼?」
「やっと……喋った」
侍女のクロエはようやく喋った私に対して驚き言葉を漏らす。
馬車から降り自室に来るまでの間に私は我を忘れていて気が付くと久しぶりのフカフカのベッドの上に座っていたのである。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんであんなにカッコいい人が私と一緒になってくれるわけ!?」
「おっ……お嬢様!?」
それから隣に置かれていた枕を抱くと私は幼少期に決別したはずのベッドの上でのゴロゴロを始め動揺を隠せない私をみて侍女のクロエは久方ぶりに動揺していた。
「いけないわ……ちゃんと平常心を維持して拒まないと……」
ようやく嫁ぎ先の家を歩ける様になったのは二日目の朝の事である。
侍女のクロエを連れて家の中を一通り見て何かあった時の脱走経路等を確認していた時の事だった。
“ーーーーーッツーーーーーーーッツ!!”
激しい剣撃の音が木霊し私は屋敷の中にある修練所を見てみる事にする。
「ッツ!?」
壁から少しだけ顔を出し修練所を見てみるとそこには上半身裸になったリオベル・ウルフィンと専属執事のハイゼン・ウォルターが剣術の稽古をしていた。
「うぉー男臭いですねー」
隣で共に見守る侍女のクロエは鼻を摘み言うが彼女はわかっていない。
筋骨隆々の鋼の様な肉体を持つ男二人が一心不乱に無邪気な少年の様に剣撃を交える様は何処とない色気を醸し出し男臭さがその色気に拍車をかけていた。
「帰るわよ…クロエ……」
私はクロエの言葉を一蹴し足早に自室に向かって早足で歩いていく。
そんな私の後を追いクロエが駆け寄ると彼女は私の異変に気が付いた。
「お嬢様鼻血!?」
あまりの色気に人生で類を見ない程に興奮してしまった私は鼻血を垂らしてしまう。
多分生まれて初めて私は天国の様な光景を目の当たりにしてしまったとそんな事を考えクロエから渡されたハンカチで鼻を包み滴る血を止めていた。
しかしそれでも私は彼を退けなくてはいけない。
何故なら数多の悪名は晴れる事はなくあんなにもカッコいい彼のこれからの人生に迷惑を掛けたくないと心からそう思ったのだ。