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江戸時代後期天保の頃、一人の盲目座頭が名も無き廃寺で天命を全うした。
按摩と博打で生計を立てていた凶状持ち盲目座頭の凶状旅は途中で出会った一人娘を残し患った病によって命を落とす。
『次は……全うな生き方をしてみてぇもんだ……』
俺は心の中でそう呟いた。
好き勝手に生きてきたが次はもう少し真面な生き方をしたいなと思った時である。
『では転生してみてはいかがですか?』
「はぁ?」
『ですから転生してみてはいかがですか……全うな生き方をしたいのでしょう?』
「貴方様は何者なんですかい?」
薄明るい視界の中で響く女性の声に思わず俺は問い返すと続けて彼女は返答した。
「あぁ……目が見えないのでしたね?」
柔らかな手が目を包み込み直ぐに離れる。
黄金色の長い髪に長い耳と紺碧色に輝く瞳を持つ異国の服を身に纏う女性が前に現れた。
「あぁ……ナマンダブツナマンダブツ……」
俺は咄嗟に蹲ると合掌し念仏を唱える。
ついさっき死んだ俺に地獄からお迎えが来たのだと思った。
「別にネンブツ?を唱えなくても大丈夫ですよ取って食いはしませんから……」
「えっ……そうなんですかい?」
顔を上げ異国の女性に問いかける。
てっきり女の姿をした鬼だと思った。
でもそうだとしても仕方がない。
たくさんの人間を殺し博打を打ち酒を飲み女を抱いて来たからである。
「はい私は女神……貴方の生きていた世界とは違う異世界で信仰されている神の一人です」
「女神様……ですかい……」
「えぇ……現に私が手を翳しただけで貴方は目が見えてるでしょう?」
俺は自分の両手を見た。
確かに今まで見えなかった自身の両手を見る事ができる。
「こいつは……スゲェや!!」
見える事に感動し飛び跳ね声を上げると俺の姿を見て前に立つ女神はうんうんと頷いた後に両手を叩いた。
「では話を戻しましょう……座頭さん転生してはいかがでしょうか?」
「はい?」
「真っ当な生き方してみたいのでしょう?」
女神の言葉を聞き思い返すと確かに死ぬ直前にを俺は『真っ当に生きたい』と願っていた気がする。
「五歳の頃に父親の暴力から母親を庇った事で視力を失った」
「へい……」
「母親が死んでからは按摩で生計を立てながら旅をして道中で出会った浪人崩れの剣客から殺陣を学んだ」
「へい……」
「そして威勢混じりに学んだ殺陣でヤクザ者を殺した事で凶状持ちになり必死に逃げながら生きてきたのでしょう?」
「へい……」
どうして俺の半生を知っているんだと一瞬思うが女神様である事を思い出し彼女の話を聞く。
「ですから次の人生では私が信仰されている異世界で真っ当に生きてみてはいかがでしょうか?」
「真っ当に生きる……ですか……」
「そうです勿論前世での悪行の帳尻を合わせはいたしますが……」
「うっ……」
さすがに人殺しも博打も女性との逢瀬も無かった事には出来ないらしい。
「少なくとも生前の善行は熟知しているつもりです弱者を守る為に悪人を殺し弱者から搾取していた賭博を荒らし……そうして泥を被り彼らは救われた……まぁその過程で惚れた女性を抱いてそのまま逃げたのはいたたれませんがそれも優しさでしょう?」
笑みを向けながら女神様は俺に語りかける。
俺だって一緒になれるなら一緒になりたかったが盲目でしかも凶状持ちが普通に生きるなんて許され無かった。
だから不安を紛らわす為に酒と女に逃げるしかなかった。
「すみやせん……一ついいですかい?」
「何でしょう?」
「前世に娘を置いてきたんですが彼女も同じ世界に転生するんですかい、死ぬ前に面倒を見てもらったんです」
生前の俺は凶状旅の途中で娘を拾った。
途中幾度か信頼の置ける人間に彼女を任せようとしたが何をしても娘は俺に着いて来て死ぬ直前まで面倒を見てくれたのである。
「うーん無理でしょうね……今回の転生は生前にした悪行を精算し善行に報いる為の救済処置ですから……」
「ならせめて彼女の善行が報われる様にして下せぇ……」
俺は女神様に懇願する。
娘はボロ雑巾みたいな俺を親父って慕ってくれた。
死ぬ直前まで看取ってくれた彼女を残す事だけが心残りで娘は一人で生きていく事になる。
俺が犯した凶状は彼女に降りかかる事はない。
しかし女が一人で生きていくにはいささが厳しい世界である事はわかっていた。
「わかりました私のできる限りの範囲内で善処します……転生しますか?」
転生するか否か女神様は問いかける。
俺は目を瞑り思い返すのは娘の言葉だ。
『お父ちゃんは遠慮し過ぎなんだよ……なんかいい事があったらちゃんと乗っかるんだよ?』
娘の言葉を思い返し目を開けて女神様を見ると真っ直ぐに返答する。
「おねげぇします……あっしは一度でいいから真っ当に生きてみてぇ……」
目の前の女神様に俺は頭を下げ懇願する。
もしまともな家柄に生まれていたら?
もしまともな父親の元に生まれ目が見えていたら?
もしヤクザ者を殺していなかったら?
賭博荒らしをしなかったら?
酒を飲んで握り飯を食って寝るといつも考えていた。
捕まって牢屋に入って近くの囚人がわざと床にぶちまけた粥をすすっていた時に過った。
ぶちまけた囚人をボコボコに殴った後の百叩きをくらい歯を食いしばりながら夢見た人生を俺は生きるのだと決意する。
「では転生する前にこちらに目を通して頂けますか?」
女神様の声が聞こえ顔を上げると彼女は一冊の本を差し出していた。
「へぇ……でも俺……文字なんて……」
「大丈夫です……黙って読みなさい」
女神様の言いつけ通りに本を受け取る。
表紙は滑らかな紙でできていて初めて見る煌びやかな男女が書かれていた。
「悪役貴族は……」
「黙って読みなさい?」
「すみやせん!!」
慌てて女神様に謝り言われた通りに黙読する。
文字は初めて見るがスラスラと読む事が出来た。
内容は面白くわからない所はあるが要は勧善懲悪ものの話で主人公である貴族に敵役の悪役貴族が追い詰められ倒され飛竜に食われ最後を迎える。
「この本はなんですかい?」
俺は女神様に問いかけた。
続きが気になる所だが女神様に渡された本と俺が生まれ変わる事とどう関係があるのかさっぱりわからなかったからだ。
「渡した本に書かれている悪役貴族にあなたは転生するのです」
「えっ?」
女神様の言葉を聞き一瞬思考が止まる。
そうして再び俺は手渡された本を熟読した。