「ティア……ありがとう」
ユーリがハンカチーフを取り出し、私の涙をそっと拭いました。ちょ、ちょっと顔が近いです。そういえばユーリはイケメン騎士様でした。間近で見つめられ、心拍数が上がるのを感じます。ええと、さっき私なんて言いましたっけ? ちょっと愛の告白に近いような言葉を口走ったような気が……あああ、勢い任せだったからよく覚えてない!
「ではユーリさんは冒険者を続けるということで」
アリスさんが何事もなかったかのようにお茶を淹れてその場にいる仲間達に配り始めました。食器もどこからともなく出てくるのがいつも不思議です。私はティーカップを受け取ると、ちょっと恥ずかしいのでユーリから顔を背けてお茶を口に含みました。鼻腔に広がる華やかな香りが心を落ち着けてくれます。ふう、美味しい。
「ユーリは剣で戦う騎士にゃ? ちょっとその辺のゴブリンでも斬ってみるにゃ」
「良い考えでござるな。ゴブリンなら上手くいかなくても仲間が退治するでござろう」
トラウマを克服するために手ごろなモンスターを退治していくのは確かにいい考えですね。少なくともこのメンバーがゴブリンにおくれを取ることはあり得ませんし、ゴブリンは根絶やしにしていいというお触れが出ているぐらいの有害指定生物ですから。ユーリが遠慮する必要は何もありません。
「そうだね、俺もまたドラゴンスレイヤーを目指して頑張ってみるよ!」
ユーリは元気な声でそう言い、曇りのない笑顔を見せたのでした。
「うわあああ!」
そして、次の日。ユーリがゴブリンの振り回した棍棒にぶつかって吹っ飛びました。
「全然だめにゃ、ファイアーボール!」
『グギャアアア!』
とりあえずミィナさんがゴブリンを燃やしてユーリを助け出します。うーん、まるで進歩が見られません。そう簡単にトラウマが克服出来たら苦労はしませんよね。
「大丈夫ですか? ヒーリング!」
「うう、どうしてもモンスターに剣を向けると身体が動かなくて」
「少し何もないところに向かって素振りをしてみるでござる」
カトウさんに言われて、ユーリは虚空に向かって剣を振ります。ビュンッと風を切る音がして、剣技に疎い私でも相当な腕前だということが分かります……って、カトウさん?
無心に剣を振り続けるユーリに気付かれないように隠れながら、ひそかにゴブリンを捕まえてきました。口をふさがれ、動けなくされたゴブリンが涙目で首を振っています。それを……投げたーーっ!
哀れ、ゴブリンはユーリが振る剣の軌道に入り、真っ二つとなってしまいましたとさ。
「やりましたな!」
いやいやいや、むしろカトウさんがやりましたな!?
「お、俺……ゴブリンを斬れた!?」
「それでいいのにゃ?」
どう見てもユーリが斬ったというよりゴブリンがぶつけられた状況ですが、どうやらユーリは感動しているようです。それでいいんですか?
「まずはモンスターを斬る感触になれるのでござる。心の傷を気持ち一つで癒せるものではござらんからな、斬ることに慣れていけば次第に戦えるようになるでござろう」
そういうものですか。なんか説得力があるようなないような。でも他にやれそうなこともないですし、カトウさんに任せましょう。
「よっしゃー! ゴブリンを斬れたぞー!」
あっ、ユーリが走り出しました。向かう先にはゴブリン……やる気が出たのはいいことですが、大丈夫でしょうか?
「うわあああ!」
ダメでした。
「ユーリ殿、何事も一つ一つの積み重ねですぞ。そう簡単に克服できるならとっくにモンスターを斬れているでござる」
「うう……やっぱり俺ダメかもしれない」
諦めるの早っ!?
「何言ってるんですかユーリ。焦っても何も上手くいきませんよ、少しずつ頑張りましょう」
そうやってユーリを慰めつつ、周辺にゴブリンが見当たらなくなるまで特訓を続けたのでした。結局ユーリは自分でモンスターを斬れるようにはなりませんでしたが、剣の腕は戻ってきたらしく、最後にはその辺の関係ない岩を一刀両断にしていました。モンスターじゃなければ斬れるんですけどねぇ。
ゆっくりやればいいか、と話しながら帰るのですが……時の流れは彼が復活するのを待ってはくれないようです。