あの時の体育の先生へ
私が卒業してだいぶ経ちました。
先生はお元気でしょうか。
風の噂でまだ現役であると聞き、
ご連絡が取れるうちに、お礼を伝えたいと思い、
こうして手紙をしたためております。
先生は運動の楽しさを教えてくれました。
その教えは、今でも私に息づいております。
学校という場所でいろいろなことを学びましたが、
身体のこと、身体を動かすことの楽しさをしっかり学べたのは、
私にとって大きな学びでした。
今でも私が大病にならずに過ごせているのは、
先生のおかげと言っても過言ではありません。
私は、体育が苦手な子どもでした。
チームになると足を引っ張りますし、
走ることも得意ではありません。
鉄棒も上手くできませんし、
跳び箱もどうして飛べるのかがわかりませんでした。
周りのみんながちゃんとできることが、
なんで私にできないのだろうと、
私は落ちこぼれなのだと思い込み、
体育が嫌いになっていきました。
先生との出会いは、小学生の終わりの頃でした。
当時の私は体育が大嫌いになっていました。
先生はと言えば、若くはつらつとした体育の先生で、
私はこの先生にも嫌われるだろうなと思っておりました。
今までの体育の授業では、
とにかくできないことをあげられて、
どうしたらできるかを言われませんでした。
この先生も、できないことだけを言われるのだろうなと、
私は暗い気持ちでいました。
春の最初の体育の授業の際、
先生は簡単に自己紹介をした後、
簡単な体操を真似するように言いました。
なんだかよくわかりませんでしたが、
体操は簡単でしたので、私でも難なくできました。
それから簡単なストレッチに移ります。
急に筋肉を激しく動かすと、
ケガにつながるとのことでした。
先生はストレッチのコツをみんなに伝えて、
上手く筋肉が伸びない子には、
こうしたらいいのだと、一人一人に教えました。
それから、春の体力測定に合わせて、
先生は、一人一人の体力と苦手な運動について、
こう身体を動かすというコツを伝えていきました。
先生の教え方は、身体の動かし方をしっかりわかりやすい言葉にしていて、
小学生でも飲み込めるほどでした。
その春の体力測定で、私は自分の能力を発揮できたと感じました。
運動なんて大嫌いで投げやりだった頃とは全然違いました。
ああ、これが私の能力なのだと、
先生が私の能力を引き出してくれたと感じました。
先生の体育の授業は、
落ちこぼれを作らないものでした。
体育とは身体を育てるものだと先生はおっしゃっていました。
みんな身体はあるんだから、みんなで育って行かないといけない。
コツがわかれば身体を動かすことは楽しいものだと先生は言われました。
身体は一生付き合うものなんだから、
楽しく動かせるようになれば、人生楽しくなるよ、とも言われました。
人生が楽しくなるというのは、
小学生にとってはとても遠くの未来のようでもありました。
しかし、楽しく生きられると言うのは、いいなと思いました。
小学生には、人生の酸いも甘いもわかりません。
ただ、大人になっても楽しいことがあるのならばいいなと思えたのは、
先生の体育の授業のおかげでした。
私はあいかわらず運動が苦手ではありましたが、
それは、身体を動かすコツがつかめていない所為であり、
体育の授業は大好きになりました。
先生はよく褒めてくれました。
前回できなかったことができていると、
すぐに気が付いて褒めてくれました。
私だけでなく、みんなです。
みんなの成長を、よく見ていたのだと思います。
小学生は、それぞれ成長する速度が違うものと思います。
個人差もかなりあります。
それでも先生は、そのすべてを把握していて、
みんなの成長をちゃんと気が付いて褒めてくれました。
先生に成長を褒められることで、
私をはじめとして、みんなが自信を持ちました。
体育の授業をがんばると、とても楽しい。
いつしかみんなが身体を動かすことが好きになっていきました。
小学校を卒業するにあたり、
先生は私たちに言葉を贈られました。
一流でなくてもいいから、身体を動かすことを楽しんでほしい。
楽しいことがあれば、人生結構生きていけるものだ、と。
当時はピンとこないこともありましたが、
今となってはその言葉が響きます。
アスリートで一流になれる人など、ごく一部です。
一流になれないとしても、
アスリートと呼ばれる存在になれることですら少ないです。
アスリートまで行かなくてもいい、
楽しく身体を動かすことを覚えていてほしい。
先生はそう伝えたかったのでしょう。
大人になればたくさんの仕事の選択肢が出てきます。
どの仕事に就いたとしましても、
身体が健康であるのとないのとでは、大違いです。
楽しく身体を動かす習慣がついていれば、
大人になってからの人生がよりよくなる。
先生はそこまで見ていたのかもしれません。
私は小学校を卒業してから、
下手くそなりに運動を続けました。
走ることは道具がなくてもできますので、
気が向いたらよく走りました。
先生のアドバイスを思い出しながら、ストレッチもよくしました。
アスリートになりたいわけでなく、
ただ、楽しいからしていることです。
楽しいことがあるというのは、生きることを豊かにしてくれます。
先生は、人生の豊かさの種まきをしてくれたのだと思います。
先生のまいた種は、私の人生に実りをくれました。
先生は、体育ということを愛していたのだと思います。
身体を動かすことが好きであったのは当然としまして、
子どもたちの成長を見守り、導くことも好きであったのでしょう。
それが愛でなくてなんでしょう。
今でも、はつらつとした先生の笑顔を思い出します。
太陽のように明るい笑顔です。
太陽のような先生は、私たちを今でも照らしてくれています。
元気でいてほしい、健康であってほしい、幸せでいてほしい。
そう願う先生の愛情が届くように思われます。
私は先生の体育の授業が大好きでした。
先生のことも大好きでした。
先生に対しては、たくさんの感謝の気持ちがあります。
私が今健やかに過ごせているのは、
先生のおかげです。
先生も現役とはいえ、お年を召したかもしれません。
今でも体育の授業を続けられているかと思いますが、
お身体には気を付けられてください。
先生が太陽のように元気ですと、
教え子たちも元気になります。
どうか、曇ることが無いよう、
いつまでも、みんなを照らす先生であることを願っています。
それでは、お元気で。
先生のおかげで運動を愛するようになった当時の教え子より