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37通目 消防士さんに宛てて

小さな町を守る消防士さんへ


この冬も空気が乾燥しております。

空気が乾燥しますと、火災になりやすいと聞きます。

この町で頻繁に消防車が行きかうことはありませんが、

いざ火災や人命救助になったときに、

頼りになるのは消防士さんです。

消防士さんが退屈になるほど、

町の皆様が平和に過ごせればそれが何よりですが、

そうもいかないことはよくわかっております。

ですから、いざという時の消防士さんの頼もしさは、

まさしくヒーローそのものであろうと思います。

いつも有事に備えてくださりありがとうございます。

消防士さんがいざという時に駆けつけてくれる安心感が、

私たちを笑顔にしてくれていると言っても過言ではありません。


私が消防士さんにお世話になりましたのは、

人命救助などと言う、大きなことではありません。

本当に、小さな小さなことでお世話になりました。

その小さなことでも消防士さんが真摯に向き合ってくれたことが嬉しく、

また、ありがたかったので、こうして手紙にしたためています。


私は数年前、とある病気の疑いがあり、

精密検査を受けることになりました。

その検査の中に、強い磁力を使って身体の中を見るものがあり、

金属やアクセサリー類はすべてご法度という検査がありました。

私は既婚者で、結婚指輪を大事にいつも身に着けておりましたが、

病気の疑いがあり、検査をしなければならない以上、

大切であっても指輪を外さなければなりません。

指輪を外しても夫への気持ちは変わらない旨を告げて、

夫の前で指輪を外そうとしました。

しかし、何をしても外れません。

夫が引っ張りますが、とにかく痛いです。

せっけんなどで滑りをよくしましたが外れません。

どうやら、指がむくむか、あるいは私が太ったのかもしれません。

とにかく、指輪は食い込んでしまって外れません。

夫も私も途方に暮れました。

病気の検査は受けなくてはなりません。

精密検査を受ける以上、何らかの悪いものがあるでしょう。

その検査は早くに受けなければ、

病気が悪化して手遅れになる可能性があります。

指輪が外れなくて検査が受けられない、それはとても困ったことです。

どうしようかと悩んでいた私に、

夫がどこかから消防署のことを調べてきました。

消防士さんが待機中であれば、

もしかしたら指輪を外すことをしてくれるかもしれない。

どうやら消防士さんは、

病院とは別の困ったことも助けてくれるようでした。

こんな小さなことでと思いましたが、

私は意を決して消防署に行くことにしました。


消防署には消防車が並んで入っておりました。

どうやら皆さん待機中のようでした。

私が消防署に入って、指輪の事情を話しますと、

検査があるのでしたら外さないと困りますねと、

親身になってくれました。

消防士さんが糸を持ってこられて、

いわゆるチャーシューのように指に糸を網のように巻き付けて、

指をぐっと絞ります。

そして、指輪はするりと抜けました。

待機なされていた消防士さんたちから歓声の声が上がりました。

私は何度もお礼を申し上げました。

消防士さんは、検査で何もないといいですねと言われました。

そこでようやく私は、病気の疑いがあって検査を受けるのだと、

その事実に改めて向き合うこととなりました。

今の今まで、指輪の件で忘れていました。

しかし、消防士さんが、何もないといいですねと言ってくれたことで、

夫もそうですが、私の無事を願っている人がいることが感じられました。

声をかけてくださった消防士さん以外に、

指輪が抜けて歓声をあげてくださった消防士さんたちも、

きっと私の無事を願っているのだと感じられました。

消防士さんは、皆さんを助けるのがお仕事と聞いておりましたが、

それよりなにより、

まずは町の皆さんの無事を願っているのだと、

指輪の件で感じることができました。

いざとなったら助けに向かわれるのがお仕事ですが、

町の皆様が笑顔で暮らせることを願われている。

それが愛でなくて何でしょう。

この指輪は夫との結婚指輪ですが、

夫との愛の結びつきの他に、

小さなことでも町の皆様を助けたいという、

消防士さんの愛を感じました。


精密検査はつつがなく終わり、

ごくごく初期の病気が見つかり、

数日の入院で事もなく終わりました。

指輪が取れずに精密検査が先延ばしになっていましたら、

もしかしたら私の病気は悪化してから見つかっていたかもしれません。

今こうして私が元気でいられるのは、

消防士さんたちのおかげです。

消防士さんは火災からの人命救助などがクローズアップされますが、

こんな小さなことでも、人の命を救っているのだと思います。

あの時、親身になって指輪を外してくださり、ありがとうございました。

また外せなくなると困りますので、

指輪は夫の指輪とともに、大切に仕舞ってあります。

私の指にも夫の指にも指輪はありませんが、

毎日を健やかに、また、穏やかに暮らしています。

指輪をはめるときも愛がありました。

指輪を外すときも愛がありました。

そして、指輪は仕舞われていても愛の象徴です。

たくさんの愛の象徴です。


この小さな町に消防署があって、

どんな小さなことでも助けてくれる消防士さんがいる。

大変な災害などはない方がいいのですが、

いつも守って助けてくださり、ありがとうございます。

消防士さんの仕事を少しでも減らすべく、

冬場の火の元には十分注意をし、

知り合いにはちょっとでも注意喚起をしようと思います。

まだまだ寒い日が続きますが、

どうかお身体には気を付けてください。

消防士さんが元気でいられますと、

私たちも安心できます。

消防士さんはこの町のヒーローです。

愛すべきヒーローです。

いついつまでも、お元気でお仕事をがんばられてください。


結婚指輪を外してもらった主婦より

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