精霊さんへ
私がこの塔にやってきて、何年かが過ぎました。
私はこの国を守るものとして、
この塔で祈りをささげて、この国の守りの結界を作るのが役目です。
おかげでこの国は外敵から守られ、
民の暮らしは豊か、だと伝え聞いていますが、
私はこの塔から出られませんので、
実際のところはどうなのかわかりません。
閉じ込められていると言えばそうなのかもしれませんし、
誰にもできないお役目をしていると言えばそうなのかもしれません。
ただ、私は外のことは伝え聞くしかできません。
塔の外がひどい有様になっていたとしても、
私は知ることができませんし、何をすることもできません。
虚無に祈りをささげるような生活と言えばそうかもしれません。
私は私の祈りの効果を知りません。
そんな日々を過ごし続けて数年。
私の心を慰めてくれたのは、
私のお世話をしてくれる精霊さんたちでした。
精霊さんは私と同じ言葉を話すことはできません。
ただ、私の話す言葉が理解できるのと、
私と同じ文字が書けるのと、
私が書いた文字は読めるようですので、
こうして手紙をしたためています。
精霊さんは、私が生きるのに必要なお世話をすべてしてくれます。
適度な時間に起こしてくれて、
心地よく整った装束に着替えさせてくれて、
朝の祈りを捧げたら、精霊さんが作ってくれた料理を食べて、
精霊さんが書いてくれた文字でいろいろな話を知って、
昼の祈りを捧げたら、美味しい料理を食べて、
いろいろな精霊さんとともに踊ることをして、
精霊さんとともに祈りの力の訓練をして、
夜の祈りを捧げたら、また、料理を食べて、
精霊さんが身体を洗って清めてくれた後、
寝間着に着替えて、精霊の歌とともに休みます。
私が眠っている間に、装束は洗われてまた心地よく仕上がります。
精霊さんは適度に外の様子を文字に記してくれます。
私はそれによって外の様子を知りますが、
あまり細かく記さないあたり、
精霊さんが外に興味が薄いのか、
あるいは、私に知られてはいけないことがあるのかなと思います。
ただ、私は精霊さんたちによって、毎日を穏やかに過ごしています。
私の祈りの効果が、どのように出ているかはわかりません。
精霊さんの文字ですと、すべて上手くいっている、らしいのですが、
実際のところはやっぱりわかりません。
私は結局、この塔の生活だけで十分なのだと感じます。
私は満たされているのだと感じます。
精霊さんたちは、多分教えてくれないと思いますが、
私は本当は何年この塔にいるのでしょうか。
私は数年程度と思っていますが、
毎日が満たされて同じ生活を送っていますと、
本当に数年なのかがあやしく思えてきます。
精霊さんたちはあまり細かいことは教えてくれません。
もしかしたら、私が何年この塔にいるのか、
本当のことも教えてくれないかもしれません。
時々、この塔の時間が止まっているのではないかと考えることがあります。
私も精霊さんたちも、
私が思うよりももっと長い時間、塔の中にいるのかもしれないと思うことがあります。
精霊さんはそれが事実だとしても、本当のことは伝えてくれないと思います。
なぜならば、それが精霊さんの愛だからです。
私に、真実を伝えないことが、精霊さんたちの愛です。
私に心地よく生きてもらって、この塔にいてもらい続けることが、
多分精霊さんの愛なのだと思います。
私はその愛をむげにはできません。
精霊さんたちが私のことを大切に思ってくれているからこそです。
私は外の世界のことを知らぬまま、
この塔で祈りをささげる生活を続けようと思います。
この塔の外の、国がすでに滅びているとしても、
私の祈りがすでに意味をなさなくなっているとしても、
もしかしたらすでに何百年も塔の外では経過しているとしても、
私のことを知っている存在が塔の外に誰もいなくなったとしても、
私はこの塔で祈りをささげる生活を続けようと思います。
それが、精霊さんたちの愛への、私なりの返答です。
私はこれからも、精霊さんたちと満たされた毎日を送り続けると約束します。
精霊さんが記してくれる外の様子を信じて、
すべて上手くいっていると信じます。
もう、外の記憶はおぼろげになっています。
そもそも、私がこの塔に入る前の、
国の様子がどんなものだったか、忘れてしまいました。
それでいいのかもしれません。
私は精霊さんに愛され、この塔で祈り、満たされた日常を送る。
それが私の幸せです。
これからも末永く、私と共に過ごしてください。
私も精霊さんたちを愛しています。
塔の聖女より