あなたへ
この手紙を読むということは、
あなたが目覚めて僕が眠ったということ。
この宇宙船は誰かが起きていないといけないからね。
長い時間を旅するが故に、
冷凍睡眠で生きている時間を伸ばさないといけない。
僕たち乗組員は、誰かが眠ったら誰かが起きて、
顔を合わせることはない。
ただ、こうして手紙を残すことはできる。
あなたも誰かに手紙を残すのかな。
それが僕だったら嬉しいし、
他の乗組員に手紙を残しても、
手紙はきっと喜ばれるだろうと思うよ。
僕たちは、長い旅をしている。
とある惑星でしか取れない物質のサンプルを、
これまた、研究施設がある惑星に届ける仕事だ。
サンプルが変質する可能性があるので、
星間ワープは使えなくて、
僕たちは冷凍睡眠を繰り返しながら、
研究施設のある惑星へと向かっている。
ルートはしっかり宇宙船が記憶していて、
途中のコロニーや惑星で、物資の調達なんかもできる。
その時に起きていた誰かが応対に当たるけれど、
いろいろな惑星のお土産なんかが、
冷凍睡眠から起きたら増えているのを、
僕は楽しく思うし、あなたもきっと楽しく思うだろうな。
いろいろな文化があるんだなと思って、
離れた星をずっと旅するのも悪くないなと思う。
研究施設のある惑星と、サンプルを採取した惑星を、
往復する宇宙船の旅は、僕たちが幼い頃から始まった。
幼い頃に宇宙船乗組員として育てられて、
サンプルを持って帰ってくることに一生の大半を費やす。
そのことを運命づけられている。
ただ、そのことに僕は悲しみは覚えない。
誰かのためになるのならば、僕はそれがいいと思うんだ。
僕が生きた意味がある。
サンプルを届けること、それだけと言う誰かがいるかもしれないけれど、
そのサンプルは誰かが届けなければならない。
それが僕であるのならば、
僕がこうして生きる意味があるのだと思う。
今あなたは、冷凍睡眠で眠っている。
冷凍睡眠は夢を見ないと聞いている。
でも、僕はなんとなくあなたの声を聞くような気がするんだ。
僕が冷凍睡眠で眠っている間、
決して聞くはずのないあなたの声を聞いた気がするんだ。
幼い頃、宇宙船に乗って以来、
交代で冷凍睡眠に入って、
成長したあなたに会っていないはずなのに、
あなたの声は成長していて、
僕や、他の乗組員に声をかけているのが聞こえた気がしたんだ。
あなたの声は星の輝きのように優しい声だね。
宇宙船から遠くの星を見るように、
冷凍睡眠の意識から、
遠くにあなたの声が輝いているように聞こえたんだ。
成長したあなたの声だと証明できるわけじゃないけれど、
あの美しい声は、あなただと思うんだ。
日誌もちゃんとつけておくよ。
コロニーで運ばれた物資もちゃんと記しておくよ。
サンプルの状態もちゃんとチェックしておくよ。
だから、あなたもみんなも、安心して眠っていてほしいな。
僕は、立ち寄ったコロニーや惑星で運ばれた荷物の中に、
読み物があったので楽しんでいるところだよ。
宇宙船は基本デジタルデータだけど、
紙の読み物も楽しいものだね。
起きているときに使う部屋に置いておくから、
気が付いたら読んでみてほしいな。
僕が一人で起きている間、こんなものを楽しんでいたんだと、
あなたも思ってくれたらいいな。
そして、手紙に感想を書いてくれたら嬉しいな。
次に僕が起きたときに、感想を書いておくよ。
起きているのは僕一人だけど、
孤独ではないと思っている。
僕には守るべきものがある。
サンプルもそうだけど、みんなの安らかな眠りを守りたいと思う。
宇宙船の音声データを介して、
眠っているみんなに心地いい音を聞かせようと思っている。
音楽として登録されているもの、
環境音として登録されているもの、
どこかのコロニーの町の雑踏の音、
海のある惑星の波の音、
いろいろな音を聞かせてあげようと思っている。
僕が冷凍睡眠の中で、あなたの声を聞いたように、
あなたや、みんなにも、心地いい音の感覚を持ってもらいたいんだ。
それから、眠るみんなに声をかけてあげたい。
あなたがそうしてくれたように。
あなたは一人じゃないよ。
この手紙を読んでいるとき、僕は眠っているけれど、
あなたは一人じゃないよ。
この宇宙船で過ごすことが運命づけられているけれど、
僕の心は、いつもあなたとともにある。
いつか、研究施設のある惑星にサンプルを届けたら、
僕らの宇宙船生活も終わる。
その時は、起きているあなたに会えるかもしれない。
みんなでやり遂げたと笑うことができるかもしれない。
僕たちは同じ運命を共にするもの。
何よりも強い絆で結ばれたもの。
仕事が終わったら、あなたの声を改めて聞きたいな。
僕もだいぶ成長したはずだから、
あなたは僕だとわかってくれるかな。
変わってしまったお互いを見て、大笑いできたら、
多分この仕事が成功したってことなんだよ。
あと何度か、起きている当番と冷凍睡眠のサイクルを繰り返せば、
サンプルを届けられると思う。
あなたに会えるまであと少し。
僕はそれが楽しみで仕方ないんだ。
あなたからの返事があったら僕は嬉しい。
みんなにもそれぞれ手紙を書いておくよ。
この長い旅を成功させようね。
今回の管理当番の僕より