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9通目 大学生から祠の神様に宛てて

祠の神様へ


久しぶりに田舎に帰ってきたけれど、

この祠がちゃんとあって、神様がちゃんと祀られてて安心しました。

僕は都会で一人暮らしをしていて、

大学に通っています。

神様は、ずいぶん前から僕の姿が見えないと思ってくれたかな。

あるいは、神様にとっては、ちょっと見ない間だったかな。

僕がちょっと大人になったと思ってくれたら嬉しいです。


僕は大学で、ちょっとだけ民俗学をかじりました。

いや、かじる前の段階かもしれませんけれど、

とにかく、さわりだけをやった感じです。

各地に伝わる昔話や、言い伝え、あるいは伝説。

それらがそれぞれの地域に根差しているって、素敵だなと思いました。

残していきたいと思いつつ、

どうにもあちこち近代化が進んでいて、

いろいろなもののスピードが上がっていて、

情報は氾濫するしで、

昔話がかき消されそうです。

僕はちょっと寂しく思います。


僕は、祠の神様と遊んだことがあります。

ちゃんと覚えています。

田舎のこの地域の子どもたちで遊んでいた時、

見知らぬ子どもが紛れ込んでいて、

見知らぬ子どもだけど、

みんなのことをよく知っていて、

みんな、誰かの知り合いだろうと思って、

そのまま楽しく遊んだことを覚えています。

見知らぬ子どもは、僕の幼い頃にすら珍しい着物姿で、

よく笑い、とても楽しそうだったのを覚えています。

駆けまわったり、お相撲をしたり、チャンバラをしたり、

見知らぬ子どもはこの田舎を知り尽くしていました。

この田舎で生まれ育った僕らよりもずっと。

すごいなと言いながら、みんなで日が沈みかけるまで遊びました。

あちこちの家から夕飯のにおいがし始めるころ、

僕らは帰ることになって、

僕は見知らぬ子どもと途中まで二人きりで帰りました。

たくさんのお話をしました。

将来の夢や、この田舎が好きだけど都会に出てみたいことや、

家族がやっぱり好きなことや、学校の勉強のこと。

見知らぬ子どもは僕の話を聞き続けて、

また、遊んでくれよな。

祠の前でそう言って、

僕が、もちろんと言ったその時には、

見知らぬ子どもは消えていました。

僕は子どもが帰ったのかとも思いましたが、

あまりにも突然いなくなったので、怖くなって、

慌てて家に帰りました。

翌日、みんな見知らぬ子どものことを聞き返したら、

誰も見知らぬ子どものことを知らなくて、

みんなで怖い思いをしたことを覚えています。


今ならばわかります。

あの子どもは、祠の神様だったのだと。

民俗学のさわりで少し聞きかじった程度ですが、

地方によっては、神様が子供と遊びたがることがあると聞きます。

神様の像をおもちゃにして遊んでいて、

大人が罰が当たるからやめろと言ったところ、

大人の夢枕に神様があらわれて、

子どもと遊んでいたのに止めるとは何事だと言ったとか。

そんな昔話があるくらいなので、

祠の神様が僕らと遊んだことは、

当然と言えば当然だったのかもしれません。

田舎のこともよく知っていましたし、

遊んでいて楽しそうでもありました。

僕らもとても楽しかったです。

月日が流れてしまって、あの時のようには遊べませんが、

この田舎にこの祠が残っていて、

祠の神様が大事に祀られていて、

そのことがとても嬉しいです。


時代が移り変わっても、

祠の神様を大事にしたいと僕は願います。

もしかしたら、地元に残った、あの時の子どもの誰かが、

祠を残そうと尽力してくれているかもしれません。

この手紙を書き終えたら、

あの時遊んだ友人たちと話をしたいと思います。

きっとみんな、それなりに大人になっています。

祠の神様と遊んだ記憶があるかどうかはわかりません。

ただ、祠の神様がいる、この地元を愛し、田舎を愛し、

楽しいあの記憶を愛しているのは、

僕もみんなも同じだと思います。

僕は都会の大学でもう少しがんばってみて、

何が自分に向いているか、何が楽しいかを探そうと思います。

将来の夢というほどたいそうなものではありませんが、

見知らぬ子どもも受け入れて遊べるような、

そんな、昔話のような平和な地域を作れる仕事をしたいなと思います。

祠の神様は、今でも子どもたちとともに遊ばれていますか。

この地を愛し、子どもを愛した祠の神様が、

ずっとずっと、みんなに愛されますように。

この手紙は祠に置きます。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

また、何かの折にこの田舎に帰ってきましたら、

祠に立ち寄ろうと思います。

成長したなと祠の神様が思ってくれましたら、

僕はとても幸せです。

また、いつか。


あの時の子どもだったとある大学生より


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