娘へ
お前が生贄として村から山に置き去りにされて、
不憫に思って姿を見せたら、
毎日お前が怯えているので、
私としても困り果てている。
話しかけようにも、顔に浮かんだ怯えが、話の通じなさを物語っていて、
どうしたら意思の疎通ができるかと悩んでいる。
そこで考えたのが手紙だ。
手紙はおまえに害は及ぼさない。
最後まで読んでくれるとありがたい。
私はこの山の龍神で間違いない。
雨を降らす力は持っているが、
別に生贄はなくてもいい。
困っているから雨を降らせてほしいと言えば、
いくらでも力を貸した。
ただ、村の方の代が重なっていくと、
神の力を借りるには、いいものを捧げないといけないとなって、
そうして、とうとうお前のような生贄などと言い出したわけだ。
やりすぎだと言いたいのだが、
私が姿を見せると、お前が怯えたように、村も大変なことになるだろう。
とにかく、龍神の伝説がほどよく立ち消えになる程度に、
これからは適度に雨を降らせると約束しよう。
ただ、私も眠ると長くなってしまう。
このあたりは、寿命が人のそれとは違うと思ってほしい。
まどろんでいるうちに何年もはありうる。
その度に雨が降らないのも困るだろうし、
その度に生贄を連れてこられても困る次第だ。
さて、私がまどろんでいる間、雨が降らなくなると村が困るわけだが、
これをどうにかする方法を考えたので読んでくれ。
それは、生贄としてやってきた、お前も龍神となることだ。
唐突ですまないが、要はつがいとなればいいということだ。
このままお前が村に戻ったとしよう。
龍神からの手紙で生贄は要らないと告げたとしよう。
娘を生贄にするような村人がそれを信じるとは思えん。
また、お前の怯えなどから、
村人が大体私をどう思っているかもわかった。
村人は、お前を雨のために捨てたと思っていい。
お前がどこまで運命を受け入れたかはわからんが、
怯えているということは、すべてを受け入れ切っていないと見た。
死ぬことを受け入れ切っていないと見た。
それはとても人間らしい感情で、多分当たり前の感情だ。
そのお前に興味がわいた。
これからの長い長い年月を、ともに語らう存在が欲しいと思ったんだ。
ほどよく雨を降らせつつ、
山の恵みをもたらして、
雨が降るのが当たり前になって、
龍神というものに生贄を捧げる必要がなくなる未来まで、
お前と龍神のつがいになって、ともに生きていたいと思う。
そして、お前から、
人の感情などをたくさん聞きたいと思う。
おそらく、生贄になる前にも、たくさんのことを経験しただろう。
伝え聞いた話もあっただろう。
他の村人の話もあるだろう。
そんな話を何度でも聞きたい。
もしかしたら、長い年月話を聞き続けることによって、
山の麓の村で、本当に必要な恵みがわかるかもしれない。
私は雨を降らすことを考えていたけれど、
もし、お前がたくさん話をしてくれたならば、
人が必要な恵みの本質がわかるかもしれない。
山の龍神は、人についてよくわかっていない。
人も、山の龍神について怯えることが先立っている。
だから、私とお前でつがいになって、
人と龍神を繋いでいけたらと思う。
私は、人を、お前を知りたい。
どうしたら心地よくなれるかを知りたい。
お前が求めているものを知りたい。
どうか、ともに生きてほしい。
私は、お前という存在が欲しい。
ともに生きる伴侶として欲しい。
生贄に選ばれたのは、どんな手段かはわからない。
ただ、帰る場所がないのならば、考えてほしいと思う。
私は決してお前を裏切らないと約束しよう。
欲しいものはなんでも与えよう。
傷つけることは一切しないと約束しよう。
伴侶となったあかつきには、私はおまえを守り続けると約束しよう。
どんな存在からも守り続けよう。
お前は、そばにいて話を聞かせてくれるだけでいい。
そして、ともに山の恵みを作るだけでいい。
この手紙を読み終えたら、返事を聞かせてほしい。
どんな返事であっても、私はおまえを傷つけない。
ただ、伴侶となって、龍神のつがいとして生きてくれたら、
私は多分嬉しい、のだと思う。
返事を待っている。
龍神より