妻へ
手紙なんて俺らしくないと笑うだろう。
ただ、言葉を伝えるには形にした方がいいと思っただけだ。
知っての通り、俺は口下手だ。
美辞麗句を与えることはできない。
服屋の店員のように褒めることもできない。
何かというと毎度毎度言葉に詰まっていた。
妻、お前、いや、君、いや、何と呼んだらいいかすらわからん。
名前で呼んだことも少なかったし、
今更なんと呼びかけたらいいかわからん俺を笑ってくれ。
とにかく君と呼んでもいいだろうか。
これを読みながら笑っている、君の顔が思い浮かぶようだ。
とにかく笑ってくれればいい。
笑ってくれれば、苦労して手紙に残すだけの価値はあったということだ。
この手紙は、テーブルから落ちていなければ、
食卓のテーブルの上にあっただろうし、
いつも君が食卓を片付けるのに合わせて置いてきたつもりだ。
さりげなさを装ってはいたけれど、
多分君にはわかっていたと思う。
それくらい俺は不器用で古い人間だ。
改めて。
結婚してから長い年月が過ぎた。
子どもたちも独り立ちして、
孫の報告もあった。
この家には俺と君と猫。
のんびりした生活をしている。
今まで君に頼りきりだったと思う。
男たるもの、世間の荒波から家族を守れなくてどうすると、
世間からの盾になっていたつもりではあったけれど、
実際、盾になった俺の内側で、
がんばっていたのは君の方だった。
細かい仕事がたくさんあったと思う。
俺も子どもたちの幼い頃の宿題は見たけれど、
成長してくると、宿題の意味も分からずに、子どもに丸投げしたっけな。
もう、子どもが中学生になった頃には、
子どもたちの学力の方が俺より上だったな。
俺は古い時代から情報が新しくなっていないから、
子どもたちの新しい知識がわからないし、まぶしかった。
そうやって、子どもたちに学ぶことを教えてくれたのは、
やはり君の力だと思う。
子どもの問題がわからん親父では、こうはならなかった。
会社の飲みに誘われても断る旦那だったから、
毎日の晩飯がめんどくさかっただろう。
子どもたちが独り立ちしてからは、
あっちこっち美味いものめぐりをしているが、
どうも最近年だな。
脂っこいものがもたれて仕方ない。
それでも、結婚してからずっと、
君が食事をする姿は、変わらずきれいだと思う。
所作が美しく、本当にきれいに食べると、昔も今も思う。
子どもたちもそれを覚えて独り立ちしたから、
どこに出しても恥ずかしくないマナーを身に付けていると思う。
それを差し引いても、やはり君の所作は美しいと思う。
思えば、最初に二人きりで食事をしたその時、
君のその美しい所作に惚れたんだと思う。
この美しい人とともに食事を重ねられたらどんなに素晴らしいことだろうと、
そう思って結婚まで考えて、
結婚して、食事を重ねていった。
俺が作る食事も美しく食べてくれるし、
君の作る食事も美味しいし、
長年連れ添ってきて、これほど幸せが重ねられるとは思っていなかった。
やはり慣れない手紙など書くものじゃないと思いつつ、
こうしてちゃんと言葉にしないと伝わらないこともある。
とにかく、長年俺と連れ添ってくれてありがとう。
隣で食事をしてくれてありがとう。
美しい君の食事の姿を、いつも目に焼き付けている。
俺も君もだいぶ年ではあるけれど、
もうしばらく君の食事する姿を見ていたいと思う。
また、美味いものを食べに行こう。
この家でのんびり暮らそう。
君が困った時には助けられる旦那でありたいと願っている。
調子が悪かったら遠慮なく言ってくれ。
最後になるが、
今まで何度君に惚れなおしたかわからない。
死ぬまでにもっと惚れ直すと思う。
この手紙を読んで笑ってくれたら、
惚れなおされる覚悟も持ってくれ。
本当に、君は最高の妻だ。
それだけはちゃんと伝えたいと思う。
ありがとう。
古い時代の旦那より