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第188話 あなたとの根競べ

どっちが先に音を上げるか。

あなたとの根競べだ。


あなたと私は結婚を前提に同棲をしている。

結婚という手続きを取る前に、

一緒に暮らすということをしている。

あなたの価値観、私の価値観、

今まで生きてきて育まれたもの。

お互いに譲れないこと。

これだけは許せないということ。

それらのすり合わせをしている最中だ。

愛だけではどうしようもないことがある。

愛していれば我慢できると言われるかもしれないけれど、

我慢をし続けると心が折れてしまうかもしれないし、

我慢をし続けることによって、

あなたが嫌いになるのは嫌だなと思った。

だからお互いの人生のすり合わせをしている。

そのための同棲なんだけど、

そんな折に私たちはケンカをした。


あなたは人を褒めるのが苦手らしい。

口数少ないあなたが、褒められた経験が少ないと言っていた。

親御さんが褒める方ではなかったのかもしれない。

あなたはして欲しいことは言える。

これは嫌だということは言える。

ただ、私が何をしても褒めることはない。

あなたが褒めるのが下手だということは聞いていたけれど、

私が何をしても褒めてくれないことに、

私は自分の価値がとても低いものだと感じた。

私がすることに価値はない。

そして、私が何かをすると、

あなたからこうしてほしくないという注意は入る。

私が肯定されない。

私の顔から表情が消えていくのがわかった。

あなたを嫌いにはなりたくないけれど、

あなたの中で私は価値あるものではないのだと、

私は必要ないのだと思い、黙った。

あなたが何かして欲しいと言うけれど、

私は何も答えなくなった。

とにかく黙った。

あなたは大きなため息をついた。

私たちは黙りつづけた。

根競べだ。


別々の部屋で私たちは黙りつづける。

あなたはスマホを見ている。

私は本を読んでいる。

食事を作れば、あなたはこれでないと言うかもしれない。

あなたは褒めないけれど、これではないことは言う。

あなたから聞くものは、これではないことや、

こうしてほしいという欲求、

私の意見の反応は聞けたためしがなかった。

お互いに黙りつづける。


あなたは自分のことは話す。

健康診断で血圧が高いとぼやいていた。

私は何を話せただろうか。

私のことに興味を持たないと思い込んでいなかっただろうか。

口数の少ないあなたは、

どうにか私のことを聞き出したいと思っていなかっただろうか。

聞き出したいのならばそう言ってほしいけれど、

あなたはその術を知らなかったのだろうか。

親から褒められたことがないのと同様に、

私という存在から何かを聞くことを知らなかったのだろうか。

私の作る食事がこうでないというのは、

血圧のことについてだったのかもしれない。

ではどうすればいいかということについて、

あなたは知識がなかったのかもしれない。

私は黙りながら憶測する。

同棲では、あなたのことがわからなすぎる。

黙っていてはあなたのことが理解できない。

あなたはどんなことをすれば喜んでくれるだろう。

私からどんな話をすればいいだろう。

私のことを知って欲しいと思うし、あなたのことを知りたい。

私の出来ることはここまでと知って欲しい。

あなたの興味を持っているものを共に見たい。

今あなたは別の部屋で何を見ているのだろう。

今あなたは何を食べたいだろう。


私は、冷蔵庫の中身を思い出そうとする。

血圧が高いならば塩気が少ない方がいいかもしれないと思う。

野菜がいいかなとなんとなく思う。

黙っていても何も変わらない。

褒めてくれなくても食事を作ろう。

そういえば、食事をする際に、

あなたは見逃し配信のテレビ番組を流すけれど、

どれも私が興味を引きそうなものだったと思い当たる。

まったく、お互いに言葉が少ないんだなぁと私は苦笑いする。

黙っていたらさらに伝わらない。


私は台所に向かう。

根競べはおしまい。

料理を作って、あなたと食べよう。

たぶんあなたは興味を引きそうな番組を流してくれる。

どう反応したらいいかわからないけれど、

多分あなたは私の反応を待っている。

同棲から結婚に至ったら、

長い人生を共にすることになる。

黙って根競べではわからないことがいっぱい出てくる。

まずはいろんなことを話していこう。

もっと価値観のすり合わせをしていこう。

あなたはどんなことが心地いいんだろう。

まずは料理を食べながら聞いてみよう。


こうして地味な根競べはおしまいになった。

まぁ、長い人生そんなこともあるよね。

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