守銭奴と呼ばれてかなり長いこと経つ。
あいつは守銭奴だからと、
嫌な意味で言われるようになっていた。
あいつは金を出すのを嫌がるから、とか。
あいつは金にならないことはしない、とか。
あいつは金のことにしか興味がない、とか。
言われ続けて長いことが過ぎた。
私は金を貯めている。
どれだけ貯めても足りない。
金は極限まで使わない。
金は貯めなければ意味がない。
金にならないことはしない、当然だ。
ただ働きはそれだけで損だ。
感情で動くことは美徳なのだろうが、
美徳は金にならない。
とにかく金を貯めなければいけない。
そのためには何もかもが二の次だ。
皆と優先順位が違うだけなのだろうと思う。
皆は、人生を楽しむために金を稼いで金を使う。
金を使うことで楽しみを買う。
食事も金があってこそだし、
趣味も金があってこそだ。
金は人生を豊かにしてくれる。
言い換えれば、豊かにしてくれるものを金で買うわけだ。
そこを削れるだけ削れば、金は貯まる。
豊かな人生を過ごす皆からすれば、
そんな人生を生きて金を貯めてどうするんだと言われる。
金はあの世に持って行けないと言われる。
生きているうちに使ってこそだと言われる。
最終的には守銭奴と言われる。
守銭奴かもしれない。
そう呼ばれるのも当然かもしれない。
しかし、優先順位が違うんだ。
守銭奴と言われて長いこと経って、
私には友人が一人もいなくなった。
金のことしか興味のない私から、
みんな離れていった。
私から金を借りたい誰かが来たことがあったけれど、
そいつは追い返した。
あいつは情がないと言われた。
困っている誰かを助けないやつだと言われた。
そう言っている誰かは、私のことを助けてくれなかった。
頼るものは何一つなく、
私はただただ金を貯める。
私は、とうとう病に侵された。
金を集めることで健康に気をつかっていなかったから、
私の健康が尽きたのだろうと思った。
この時が来たと私は思った。
病に侵されては、これ以上金を集めることはできない。
金を集めるのは健康な時だけ、そう決めていた。
私は今まで集めてきた膨大な金を、
難病患者への治療に寄付した。
病で震える手で、端末を見て、
世界中の難病患者の助けを求める声を探す。
そのすべてを助けると決めていた。
金ならばいくらでもある。
そのために集めてきたんだ。
私の命のリミットが切れるときに、
全部使いきって、
難病で苦しむ患者をみんな救うと決めていたんだ。
一人の患者が救えれば、その手段を用いて他の患者が救えるかもしれない。
命がつながっていくはずだ。
苦しむ人を減らすんだ。
私が一人で守銭奴などと呼ばれることは些細なことだ。
私が病でこれから死ぬことなど些細なことだ。
集めたこの金で、すべての苦しむ人を救う。
難病の寄付でも使いきれなかったら、
孤児のために使おう。
それでも使いきれなかったら、
平和のために使おう。
子どもが笑える世界はいいものだ。
何の心配もなく、子どもが笑える世界がいい。
病気のことも心配せずに、
キラキラ笑える子どもが普通にいる世界がいい。
私の金は今この瞬間使うために貯めていた。
私の全財産は端末を介してすべて寄付された。
視界もぼやけてきて、
指も動かなくなってきた。
私の家は小さな部屋しかない。
家にあるものも必要最低限しかない。
家族もいない。
友人もいない。
知り合いなんてほとんどいない。
この家に訪れる人などいない。
私がここで死んでも、見つからないかもしれない。
白骨になってから身元不明として処理されるかもしれない。
今、私の肉体は限界かもしれない。
それでも私は希望を持っている。
私の寄付した金で、未来がよくなるという希望だ。
この時のために私は金を貯めていた。
希望を持って死ぬために貯めていた。
ああ、すべて使い切った。
金も、命も。
子どもたちの笑い声が聞こえるような気がする。
天使が笑っているようだと思う。
そんな未来に投資できたのならば、
私の人生も悪くないと思う。
私は、満足した。
素晴らしい人生だった。