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第182話 私は黒子

私は黒子のようなもの。

いないとされているもの。

目に映るけれど存在しないとされているもの。

しかし、いなくてはいけないもの。

そんな、黒子のようなもの。


黒子というものは、

昔の芝居か何かから来た単語だと聞いたことがある。

なんだっけなと思い出そうとしてやめた。

たしか、舞台に黒い衣装を着けた存在がいるけれど、

それは見えないものとして舞台を楽しむんだという、

暗黙の了解みたいなもの。

見えるけれどいないことになっているもの。

しかし、いなければ舞台が成立しないもの。

矛盾だなと思うけれど、

舞台というものを成立させるには矛盾がなければいけない。

生身の人間が演じるものは、嘘でなければいけないけれど、

その嘘をどれだけ真面目につきとおせるか、

その嘘でどれだけ心を揺さぶれるか。

舞台はどうしたって嘘だ。

嘘をつくことで感動させなくてはならない。

舞台というものはそんな矛盾もはらんでいる。

舞台の嘘はその時心が動くという真実になる。

見えないことにされている黒子は、

矛盾の舞台を支える要になる。

嘘も真も矛盾している。

それは、舞台だけではないんだろうなと思う。


私という存在はいないことになっている。

歩いていれば姿は見える。

普通の人間だと認識される。

でも、私を表すものは全て嘘でできている。

戸籍もでっち上げられている。

携帯電話などの契約も嘘をつきとおして契約されている。

私の周りは嘘でできている。

私は、本当はいないことになっている存在だ。


私は、あらゆる文章のゴーストライターをしている。

依頼があれば何でも書く。

私はそのために育てられた黒子の存在だ。

私は、あらゆる言語に精通し、

論文や演説文、いろいろな媒体の投稿、

それらすべてにおいて、依頼があれば代わりに書く仕事をしている。

私のようなゴーストライターの仕事をしているものは、

他にいるのかどうかはわからない。

ただ、いるだろうなと思う。

私のようにいないことにされている存在が、

文章を代わりに書いていてもおかしくない。

まず私がいるのだから、そんな存在が複数いてもおかしくはない。


私が代わりに書いた論文が何かに掲載されたとか、

どこかの偉い人が私の書いた文章で演説したとか、

一応仕事として報告は受けるけれど、

実際あまり興味はない。

私という存在はいないということにされているのだから、

別に書いた文章がどう評価されてもあまり意味はない。


私のすべては嘘で固められている。

なんだか偉い人の依頼もあるものだから、

その嘘はかなりごてごてに固められている。

私は普通の市民として生きなければならないし、

普通の市民の誰にも注目されないものとして生きなければならない。

いるけれどいない存在。

でも、私が代わりに書かないと世界が動かない存在。

私は矛盾を抱えた黒子だ。


いろいろな文章を書くうちに、

ふと、物語を書いてみようかと思う。

私に依頼を持ってくる担当者に、

物語を書きたいと言った。

担当者は考えたが、

私が表に出ないのであれば、好きに書いたらいいだろうと言う。

今まで、誰とか風の物語のゴーストライターはしたことがあったけれど、

私が私の感性で物語を書くことは初めてだ。

担当者は、私の物語が表に出るにあたり、

仮の作者をたてることにしたという。

その作者が書いたという体で、私は好きに物語を書いていいという。

私は笑った。

私は誰かを演じさせることができる。

私の言葉がこの世界の真実になる。

いないことになっている私がこの世界を回している。

私はいない。けれど私が動かしている。


ほどなくして、私の物語が大ヒットになったと聞いた。

仮の作者は私の書いた台本のインタビューを答える。

なかなか板についた役者だなと思う。

私はそれをよしとして、

また、たくさんの文章を書く仕事に戻る。


私は黒子。

いないとされている存在。

でも、世界は私の言葉でできている。

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