楽器を演奏できるほどの腕はないけれど、
楽器に触れる機会があったので、
試しに琴の弦をはじいてみた。
響くその音はとてもいい音で、
なるほど琴線というものは触れるだけで、こんなにいい音がするのだと、
言葉が体感として理解できたのを覚えている。
楽器の演奏は敷居が高いけれど、
楽器店に行って、ちょっとお試しで音を出してみたりする。
アンプの必要ないギターなども、
弦をはじいたらいい音がした。
音階を変えるところのおさえ方もわからないし、
複数の弦をどう奏でるかもわからない。
ただ、はじくといい音がする。
エレキの方のギターは、アンプをつなぐので音が大きい。
いろいろな機材を使って音を変えることができるらしい。
試しに音を出してみた。
いろいろな種類の音が出て、
あ、これは音色が変わったんだと感じた。
音の色で音色。
機材を使うと音の色が変わる。
音には色がある。
これもまた、音を出してみて体感できた。
木管楽器や金管楽器などは、
ものすごく練習しないと、そもそも音が出ないように感じるので、
お試しで音は出せない。
ドラムを試しに叩いてみたら、
軽く叩いたのに大きな音がした。
まるで爆発したようだとすら感じた。
よくよく考えたら、
他の楽器に負けないように、
多分アンプなどを使わないのだろうから、
音を大きくするのかもしれないと思う。
大きなホールのライブなどでは音を大きくするとしても、
小さなライブハウスにおいては、
ドラムはそのものの音で勝負しているのかもしれない。
それは、大きな音が出るはずだと思う。
ただ、楽器や演奏のことは全くわからないから、
見当違いのことを考えているかもしれない。
とにかくドラムは、軽く叩いても大きな音が出る。
演奏者の力一杯の演奏だったら、
どれだけの音が出るのか見当もつかない。
琴線をはじいてみたらいい音だと感じてから、
お試しで楽器をいろいろいじってみて、
ちょっと鳴らしてみては、なんかいいなと感じる。
また、小さな演奏会に行ってみては、
演奏というところまで行きついている人の生演奏を聴く。
なるほど、楽器は演奏というところまで行くと、
こんなにいい音になるのだなと思う。
チケットが楽に取れる程度のホールの演奏にも行ってみる。
たくさんの人を前にして堂々と演奏をするさまは、
ホールを支配するほどのプロであるなと思う。
琴線に触れるということは、いい音を鳴らすということ。
心地いい音色が生まれるということを転じて、
心地いい感覚を持つこと。
私はこれからどれほど琴線に触れるものを生み出せるだろうか。
楽器は元からダメではあるけれど、
琴線に触れるというのを身体で感じた。
あのような心地いい感覚を、楽器ではないところでも出したい。
演奏者が奏でるような自在な音色や、
ホールを支配するような堂々たる演奏。
演奏のプロと言えばそうなのだけど、
あんな風な、魂に響くような何かを作りたい。
身体の内側にある琴線に触れていい音を奏でるような、
そんな何かを作りたいと強く思う。
私は何で琴線に触れさせることができるだろうか。
初めて琴の弦に触れたときのような心地いい音を、
どうやったら誰かに感じてもらうことができるだろうか。
私の感動を感じて欲しい。
音色にたくさん触れてきて、たくさんいい音に触れて、
そのときに感じたような感動を与えるような存在になりたい。
私に何ができるだろうか。
ふと、私の中で琴の弦が鳴った気がした。
心地いい余韻を残す音は、
私の内側をどこまでも鳴り響いていく。
私は気が付く。
私の内側には広い世界がある。
琴の弦がどこまでも遠くまで鳴り響くほどの広い世界だ。
それは多分私自身の可能性だ。
私の中にはたくさんの可能性がある。
私は何でもできる。
私の外側の世界も広く、
私の内側の世界も同じくらい広い。
私はやろうと思えば何でもできる。
音色が響く感動を伝える術は、私がやろうと思えば何でもできる。
この広い世界に音楽は絶えない。
この感動をどうやって伝えよう。
何でもできる。どこにでも行ける。
私はだれかの琴線に触れるものを作りたい。
あの心地いい音を感じられるようなものを作りたい。
私は、あなたの琴線に触れたい。
そして、いい音を鳴らしたい。
私の感動を、あなたにも伝えたい。
あなたの世界にも、心地いい音を鳴らせるようなものを、
私は作りたい。