言葉のナイフを研いでおけ。
誰かを傷つけるためでなく、
言葉で天下を取るために。
私は売れない小説家だ。
書籍化もしていないので、
そもそも売れるものがない小説家だ。
投稿サイトに投稿はしているけれど評判は芳しくなく、
気持ちが折れそうになることもある。
私の心は強靭な訳ではない。
メンタルは時としてちょっとしたことで折れる。
それでも私は小説を書くことを止められない。
この言葉のナイフで天下を取りたいと思うからだ。
小説とは、言葉という武器で、
読者にこの小説が面白いと認めさせる、
言葉の戦闘であると思っている。
小説投稿サイトは戦場だ。
思い思いの言葉の武器を振り回して、
読者にその言葉の力を認めさせる、
戦いの場であると思っている。
重い武器のような言葉を操るものもいる。
踊るように軽やかな言葉を使いこなすものもいる。
私は例えればナイフ一本で戦場で戦うようなものだ。
そのナイフはいつも研いでいる。
たくさんの言葉に触れ、たくさんの言葉をアウトプットして、
私の言葉のナイフはいつも研ぎ澄まされている。
ただ、ナイフという武器であるが故、
あまり広範囲の読者に刺さらない。
派手さがない。
言葉の重みが少ない。
衝撃が少ない。
それでも私はナイフにこだわる。
一番私に馴染んでいるのがこれだと思うからだ。
たとえば使いこなす言葉の武器が、
身の丈もあるような大きな剣であるとすれば、
その衝撃は多くの読者を驚かせるし、
また、見るだけで相当な使い手であろうと思われるだろう。
戦場では、一目見るだけでできそうなものと見られることも重要だ。
小説で言うところの、最初の衝撃が強いと、
続きが読みたくなるようなものに相当する。
言葉の武器の衝撃は、読者に確実に衝撃を与え、
これからどうなるのかと言葉を読みたくなる。
ただ、言葉の武器を扱いなれていないと、
言葉の衝撃が空回りして、
なんだ続きはこんなもんかとなる。
また、言葉の武器の型ができていないと、
支離滅裂な言葉で読者を得ようと戦うことになり、
この言葉の次にこの言葉が来ているけれど、
一体何をしとめたいのかがわからなくなる。
戦場において、迷いがあると致命的だ。
読者はその迷いを汲み取って導いてはくれない。
小説投稿サイトは戦場。
誰もが武勲を立てたいと思って戦場に立っている。
私は今日も言葉のナイフを研いで、
言葉の戦場に立つ。
ナイフは一度に複数の相手に刺さるものではない。
けれど、切れ味が確かならば、
着実に読者に刺さる。
刺さる読者がどれほどいるかはわからない。
刺さらないならば、言葉のナイフを研いでおく。
確実に読者に刺さり続けるよう、
私の言葉を操る腕を上げ、
言葉のナイフの切れ味を鋭くしておく。
派手な武器ではない。
今まで武勲をあげた小説投稿者のようにはいかない。
書籍化してメディアミックスまで至れるのは、
相当な戦績をあげて、言葉で読者を屈服させてきたつわものだ。
私のようなナイフとは違う武器を選んできたのかもしれないし、
あるいは、超高速でナイフを操り続けて、
読者に刺さらせていったものもいたかもしれない。
とにかく、戦場を戦い続けたものが、
いわゆる将軍のような存在と言われる。
もしかしたら、戦場で戦い続けることに、
疲れてしまって武器を置いて去るものもいるかもしれない。
戦場で戦い続ける言葉の操り手は、
ある意味狂っているのかもしれない。
まともな人間はどんな形であれ戦い続けることはできない。
それが言葉の戦場であっても、
終わりの見えない戦場に居続けるのは、狂った人間だけかもしれない。
言葉の戦場は今日も混沌と。
私は身軽なナイフを持って戦場をかける。
確実に、読者に刺さるように。
私のナイフは切れ味鋭く。
でも、まだまだだ。
まだまだ切れるようになる。
まだまだ上を目指せる。
私はこの言葉のナイフで天下を取る。
この戦場でいつかてっぺんを取ってやる。
心が折れそうにもなるけれど、
私は戦場を駆け続ける。
小説投稿サイトはどこも戦場だ。
私は愛用の言葉のナイフで戦い続ける。
刺され。刺され。
たくさんの読者に、刺され。