周りが結婚しろとうるさいから、
とにかく偽装でも結婚しようと思った。
相手と利害が一致してとにかく結婚した。
偽装結婚と言えばそうだったんだけど。
私は人を性的に見られない。
異性も同性も、性的な目線で見ることができない。
みんなを平等に愛することができるんだけど、
性行為が絡むことができない。
できればキスもしたくない。
そもそも、過剰に触れるのがあまり好きではない。
異性愛者でも同性愛者でもなく、
みんな愛せるんだけど性的には見れない。
そんな、ややこしい性分を持っているので、
恋人という存在ができても長続きしない。
私は一応女性ではあるんだけど、
男性の恋人は、大体性行為を求めてくる。
いろいろな性的表現媒体を見たりして、
こうすれば喜ばれると思ったことをしてやり過ごしたけれど、
どうにも性行為が息苦しくて、
恋人と別れる羽目になった。
何度か恋人ができる度にそれを繰り返し、
もういいやと思っていたところに、
年頃だから結婚しろというまわりの声が来る。
うるさいなぁと思う。
結婚したら子どもを作れって言うんだろう。
嫌だなぁと思っていた。
会社の自販機で缶コーヒーを買う。
結婚の話が出る度にモヤモヤするから、
そんな時はブラックの缶コーヒーがいい。
「何かイラついているんだね」
自販機にやってきたのは、男性の先輩だ。
「ええ、面倒なことがあって」
「君でもそんなことがあるんだね」
「しょっちゅうですよ。この年なら結婚しろって」
「ああ、それは確かにうるさい」
「でしょ」
「こっちもよく言われるんだよ」
「あ、先輩もですか」
「なら、いっそ結婚してしまおうか」
先輩は何でもないことのように話す。
自販機からホットココアが出てきた。
「私は同性愛者でね。女性を性的対象として見れないんだ」
「おや、突然のカミングアウト」
「まぁ、そんなわけだから、女性を愛して結婚するということが難しいわけだよ」
「なるほど」
「君はどうかな」
「私は、人を性の対象として見れないんですよね」
「そういうこともあると聞くね」
「ですから、性行為なんてもってのほかなんですよ」
「なら、利害は一致するわけだね」
「一致はしますね」
「ひとまず偽装結婚でもしようか」
「結婚すれば周りは黙りますね」
「子どもについて言ってきたら、そのときうるさければ考えよう」
「いいですね」
私はブラックコーヒーのプルタブを開ける。
先輩はホットココアのプルタブを開ける。
「とりあえず乾杯しようか」
「いいですね。なにに乾杯ですか」
「輝かしい偽装結婚の未来に乾杯」
「乾杯」
缶を合わせた後、私たちは笑いあった。
ほどなく私たちは結婚した。
お互いの利害が一致した、偽装結婚だった。
先輩は同性愛者、私は人を性的に見れない。
性行為は全くない結婚生活。
しかし、これがとても心地いい。
互いの邪魔をせずにのびのびと生活できるということが、
こんなに居心地がいいとは思わなかった。
先輩は先輩で好きなことをして、
私は私でのびのびと暮らす。
仕事も辞める必要がないので、
なんだかんだで自由にやっている。
家事は分担するし、食事は好きなものを好きなように作る。
なんだかすごく心地いい。
偽装結婚とはこんなに心地よくていいものだろうか。
私はあいかわらず先輩を性的には見れない。
先輩もあいかわらず同性愛者だと思う。
性的な愛情は私たちの中にないけれど、
なんとなく、互いを尊重している感じはある。
偽装と言えばそうなんだけど、
利害の一致と言えばそうなんだけど、
互いの形がぴったりはまっているような居心地のいい家庭がある。
先輩との偽装結婚生活は、
なんだかんだでずっと続くような気がする。
最初は周りを黙らせるためだったけれど、
今はこの生活が心地よくて仕方ない。
なんだか、自分が本来の形になれるような気がする。
先輩もそうだといいなと思う。
これからも偽装結婚生活が続いていって、
先輩のことを知り、私のことを知ってもらい、
おじいさんおばあさんになるまで、ともに生きていって、
楽しい結婚生活だったなぁと思えたら、
それもそれでありなんじゃないかなと思う。
社会的な正解なんてわからないけれど、
私たちはきっとこれでいい。
偽装結婚だったんだけど、
私たちはきっとこれでいい。
性の愛はないけれど、
愛は育まれているような気がする。
愛って本当にいろいろあるんだなと感じつつ、
毎日この結婚生活を楽しんでいる。
人生、楽しんだもの勝ち。
これが私たちの出した答え。
末永く、この幸せな偽装結婚が続きますように。