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第171話 偽装結婚と言えばそうだった

周りが結婚しろとうるさいから、

とにかく偽装でも結婚しようと思った。

相手と利害が一致してとにかく結婚した。

偽装結婚と言えばそうだったんだけど。


私は人を性的に見られない。

異性も同性も、性的な目線で見ることができない。

みんなを平等に愛することができるんだけど、

性行為が絡むことができない。

できればキスもしたくない。

そもそも、過剰に触れるのがあまり好きではない。

異性愛者でも同性愛者でもなく、

みんな愛せるんだけど性的には見れない。

そんな、ややこしい性分を持っているので、

恋人という存在ができても長続きしない。

私は一応女性ではあるんだけど、

男性の恋人は、大体性行為を求めてくる。

いろいろな性的表現媒体を見たりして、

こうすれば喜ばれると思ったことをしてやり過ごしたけれど、

どうにも性行為が息苦しくて、

恋人と別れる羽目になった。

何度か恋人ができる度にそれを繰り返し、

もういいやと思っていたところに、

年頃だから結婚しろというまわりの声が来る。

うるさいなぁと思う。

結婚したら子どもを作れって言うんだろう。

嫌だなぁと思っていた。


会社の自販機で缶コーヒーを買う。

結婚の話が出る度にモヤモヤするから、

そんな時はブラックの缶コーヒーがいい。

「何かイラついているんだね」

自販機にやってきたのは、男性の先輩だ。

「ええ、面倒なことがあって」

「君でもそんなことがあるんだね」

「しょっちゅうですよ。この年なら結婚しろって」

「ああ、それは確かにうるさい」

「でしょ」

「こっちもよく言われるんだよ」

「あ、先輩もですか」

「なら、いっそ結婚してしまおうか」

先輩は何でもないことのように話す。

自販機からホットココアが出てきた。

「私は同性愛者でね。女性を性的対象として見れないんだ」

「おや、突然のカミングアウト」

「まぁ、そんなわけだから、女性を愛して結婚するということが難しいわけだよ」

「なるほど」

「君はどうかな」

「私は、人を性の対象として見れないんですよね」

「そういうこともあると聞くね」

「ですから、性行為なんてもってのほかなんですよ」

「なら、利害は一致するわけだね」

「一致はしますね」

「ひとまず偽装結婚でもしようか」

「結婚すれば周りは黙りますね」

「子どもについて言ってきたら、そのときうるさければ考えよう」

「いいですね」

私はブラックコーヒーのプルタブを開ける。

先輩はホットココアのプルタブを開ける。

「とりあえず乾杯しようか」

「いいですね。なにに乾杯ですか」

「輝かしい偽装結婚の未来に乾杯」

「乾杯」

缶を合わせた後、私たちは笑いあった。


ほどなく私たちは結婚した。

お互いの利害が一致した、偽装結婚だった。

先輩は同性愛者、私は人を性的に見れない。

性行為は全くない結婚生活。

しかし、これがとても心地いい。

互いの邪魔をせずにのびのびと生活できるということが、

こんなに居心地がいいとは思わなかった。

先輩は先輩で好きなことをして、

私は私でのびのびと暮らす。

仕事も辞める必要がないので、

なんだかんだで自由にやっている。

家事は分担するし、食事は好きなものを好きなように作る。

なんだかすごく心地いい。

偽装結婚とはこんなに心地よくていいものだろうか。


私はあいかわらず先輩を性的には見れない。

先輩もあいかわらず同性愛者だと思う。

性的な愛情は私たちの中にないけれど、

なんとなく、互いを尊重している感じはある。

偽装と言えばそうなんだけど、

利害の一致と言えばそうなんだけど、

互いの形がぴったりはまっているような居心地のいい家庭がある。

先輩との偽装結婚生活は、

なんだかんだでずっと続くような気がする。

最初は周りを黙らせるためだったけれど、

今はこの生活が心地よくて仕方ない。

なんだか、自分が本来の形になれるような気がする。

先輩もそうだといいなと思う。


これからも偽装結婚生活が続いていって、

先輩のことを知り、私のことを知ってもらい、

おじいさんおばあさんになるまで、ともに生きていって、

楽しい結婚生活だったなぁと思えたら、

それもそれでありなんじゃないかなと思う。

社会的な正解なんてわからないけれど、

私たちはきっとこれでいい。


偽装結婚だったんだけど、

私たちはきっとこれでいい。

性の愛はないけれど、

愛は育まれているような気がする。

愛って本当にいろいろあるんだなと感じつつ、

毎日この結婚生活を楽しんでいる。

人生、楽しんだもの勝ち。

これが私たちの出した答え。

末永く、この幸せな偽装結婚が続きますように。

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