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第167話 楽しい終末

あー。この世界も終わるんだなぁ。


ずいぶん前に、世界が終わるだろうと言われたらしい。

その頃はそんなことはないとされていたらしい。

それでもそのあと、その頃は考えられなかった災害などが起きて、

この世界規模ではなくて、宇宙からも影響のある災害があって、

いろんな偉い人が知恵を出しまくったらしい。

いろんな国のいろんな偉い人が、

会議を開いてどうにかできないかとがんばったらしい。

予測不能のことが立て続けに起きていたらしい。

データも何もないらしい。

対策が全く立てられなかったらしい。

世界中が混乱に陥ったらしい。

噂では暴動も起きたとか。

生き残るために何とかしたいと、

いろいろなものを奪い合って殺人なども起きたらしい。

シェルターに逃げ込もうという人もあらわれたらしいけれど、

肝心のシェルターにどれほどの年月いれば、

生き残って今までの生活をすることができるかなんて、

誰も答えが出せなかったから、

シェルター案はどんどん衰退していったらしい。

宇宙に逃げようという案も出たらしい。

宇宙にどれほどの人間が逃げればいいのか、

宇宙に、人間が生きられるこの世界のような星があるのか、

そんなこともわからないまま飛び出していくのは死を早めることでしかない。

ギリギリまで逃げられる星を探したらしいけれど、

結果は芳しくなかったと聞いている。


そんな混乱が過去にあった。

世界は徐々に終末を迎えている。

この世界は死に向かっている。

この世界に生きているもの皆が死に向かっている。

文明もやがてなくなるだろう。

あるいは、環境に適応できた動物などは残るだろうか。

偉い学者が言っていたらしいけれど、

大気の状態とか何とかがあって、

隕石が摩擦で燃え尽きずにどんどん落ちてくるとかどうとか。

大きいのが落ちれば、ほぼ全滅になるかもしれないとのことだ。

大きな隕石が落ちてドッカンと死ぬか、

世界が死んでいくのに合わせて徐々に死ぬかの違いかもしれない。

どのみち、この世界は近いうちに死ぬ。

生きているものもそのうち死ぬ。

終末とはこんな状態を言うんだろう。


終末の前に暴動や戦争が起きたものだから、

いろんなものが壊れてそのままになっている世界だ。

直すことができる人間も大方死んだ。

今は静かな終末のこの世界で、

私はなんとなく生きている。

壊れたものを直したりしている。

直るとちょっとうれしいけれど、

それを自慢できる相手もいないし、

直ったとしてたいして意味はない。

ただ、黙々と何かができるこの終末の時間は楽しい。

廃墟からガラクタを拾ったり、

携帯食を見つけたりもする。

世界が終末に向かうとされた頃から、

作物というものはみんな携帯食に切り替わったとか何とか。

昔は野菜というものを作っていたと知識で知っている。

廃墟で拾った本を読んで知った。

野菜や肉や何やらたくさんのものを使って、

料理というものをしていたらしい。

世界が終末に向かう前は、そんなこともできたんだなと思う。

携帯食を食べながら、

料理というものに思いをはせる。

なかなか面倒そうではあるけれど、

世界が完全に終わる前に時間があったら、

一度は試してみたいなと思った。


世界はもうすぐ終わる。

しばらく人間を見ていない。

私は廃墟をさまよって、

本を読み、携帯食を食べて、

旧時代の遺物を直してみたり、

旧時代の嗜好品を試してみたり、

絵画を鑑賞したり、音楽を再生させたりして、

そこに暮らしていたであろう人たちに思いをはせる。

多分ほぼほぼみんな死んだ。

この静かな終末の前の混乱は、

相当なものだったと聞いた。

聞かせてくれた誰かも、生きているか怪しい。

多分みんな徐々に死んでいっている。

そして世界もいずれ死ぬ。

私もそのうち死ぬだろう。


それでも私はこの終末を楽しんでいる。

世界の最後を共にできることに、

私は楽しみを覚えている。

世界の思い出を集めている気分になる。

私が消滅したら、思い出も消えるのかもしれない。

でも、この世界の思い出は、死んで消えるものではないような気がする。

なんだか、死んだ世界から、思い出が細かな粒子になって、

いろんなところに飛んでいくような気がする。

本で読んだタンポポのように。

思い出の粒子はどこかにたどり着いて、

そこで再び思い出の花を咲かせるんだと思う。

誰かが生きたことは無になるのではなく、

種のようなものとしてどこかに飛んでいくのだと思う。

私がこの世界をさまよってこの世界の思い出を集めているのは、

種を集めているのかもしれない。

私が死んで、この世界がちゃんと死んだら、

思い出の種がこの世界から外に飛び出していくんだろうと思う。


この世界は種を作るために一度死ぬのかもしれない。

今まで死んでいったみんなも種になっているのかもしれない。

この世界が死んだら、私はどこに行くのだろう。

とても軽くなってどこにでも行けるようになるのかもしれない。

この世界が死ぬまで、私は終末を楽しもう。

ひとつ終わり、ひとつ始まる。

その瞬間が体験できたら、それもいいなと思う。


私は終末を楽しく生きる。

一人で終わる世界に生きるのも悪くない。

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