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第166話 近づけないジレンマ

あなたに近づきたい。

近づきたいけれど近づいてはいけない。

これを多分ジレンマというんだろうな。


僕はいろいろなものを傷つける生き方をしている。

かっこよく言えば抜身の刃物のような生き方だし、

愛嬌ある言い回しをすれば、ハリネズミみたいな生き方をしている。

近寄るものを傷つけずにはいられない生き方しかできない。

そんな生き方しかできないのだから、

今更変わりようがないと思う。

周りに誰もいないようにすることしか、

傷つく人を減らす方法がない。

僕は生まれながらに危険な存在だから、

近づくものを減らすとか、距離をとってもらうとか、

そうして身を守ってもらうしかできない。

僕がどれだけ気をつかうとしても、

結局近づく誰かを手酷く傷つけてしまう。

僕が望む望まずにはかかわらず、

僕は近づくすべてを傷つけることしかできない。


中学生時代の頃は、

僕は危険な存在だから近づいちゃダメだと言っても、

変わった中学生程度で済ませられていた。

いわゆる中二病というものだと思われていたんだね。

中学生がかかる、自分が特別だという感覚を持つ、

一過性の流行り病のような気分。

僕もそれで終われればよかったんだと思う。

僕の周りにはそれなりに中二病にかかっていた同級生なんかもいたし、

いたって普通の中学生なのに、

変わったことをしてみせているものもいた。

僕もそれで済んだのならばどんなに良かっただろうか。

一過性の思春期の気分的なものだから、

思春期の熱気が去れば、変わったことをしていたことは黒歴史なんて言われる。

そして、普通の人生というものを送れることになる。

いいなと思う。

みんな普通になれた。

僕は今でも、まともに生きられない。


僕は物理的に傷つけてしまう。

精神的にも傷つけてしまう。

僕は生き方そのものが、傷つけるようにできてしまっている。

僕の周りには誰もいてはいけない。

傷ができてしまう。

痛い思いをさせてしまう。

つらい経験になってしまう。

僕の周りはぽっかり空白になったまま、

誰も傷つけないように生きようとしている。


その僕がジレンマを持った。

近づくものを傷つけてしまう存在の僕が、

近づきたい存在を見つけてしまった。

近づいたら、その存在は傷ついてしまう。

だから、近づいてはいけない。

けれど、もっとそばにいたいと願ってしまう。

表情を見たいなと思う。

笑ったら多分心地いい笑顔なんだろうなと思う。

僕が近づいたら、笑顔なんて浮かばない。

傷をつけられてなお笑う存在はいない。

笑顔を見るためには近づけない。

遠くからでは表情もわからない。

けれど、近づきたいと願ってしまう。

ジレンマをはじめて持った。


僕は近づきたいあなたを思う。

あなたは何が好きだろうか。

どんなことをされると嬉しいだろうか。

遠くからでも喜ばせることはできるだろうか。

僕と知らなくても笑顔を浮かべてくれることはできないだろうか。

あなたを傷つけない距離から、あなたを幸せにできないだろうか。

近づきたい気持ちは当然ある。

僕は傷つける存在だから、

抱きしめたりしてら死なせてしまうかもしれない。

それは僕自身が許せない。

遠くから僕があなたを幸せにする術を考える。

中二病などでなく、

僕は今でも物理的に精神的に、

近づく存在を片っ端から傷つけている。

そういう生き方しかできないとあきらめていた。

ずっと何も近づかないところで孤独に生きて死ぬと思っていた。

でも、あなたに近づきたいと思ってしまった。

強いジレンマを抱えた。

あなたを幸せにするためには僕は近づいてはいけない。

なのにあなたのそばにいたいことを願ってしまう。

あなたを守りたいし、安心させたい。

どうしてそんな生き方ができないんだろう。


ずっとジレンマを抱えて生きると思う。

これから先の人生、ずっと。

ただ、そのジレンマはつらいけれど、どこか甘さもある。

傷つけることしかできなかった人生に、

甘い感覚をもたらしてくれる。

遠くからあなたの幸せを願うこと。

あなたの幸せのために何ができるか考えること。

傷つけること以外に何かできないかと考えること。

今までの人生では考えられなかった。

もしかしたら、この人生も変わるのかもしれない。

生き方が変わることがあるのかもしれない。

傷つける生き方以外のことができるようになったら、

あなたのそばに行こう。

あいさつは初めましてと言えばいいだろうか。

長いこと会話をしていなかったから、

上手くしゃべれないかもしれない。

それでも僕は甘い夢を見る。

普通になった僕の夢を見る。

僕が普通になったときにジレンマは解消されて、

僕はあなたを幸せにできるようになる。


僕は変われるかもしれない。

あなたのために変われるかもしれない。

きっとあなたは、

傷つける僕よりももっと強い。

それをきっと愛というのかもしれない。

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