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第163話 南天は難転らしいけれど

南天という植物があるらしいと聞いた。

そういえば南天のど飴なんてあったっけと思う。

喉に聞くのかなぁと薄ぼんやり思う。

南天は難を転じるらしい。

だから縁起物だと聞いたことがある。

どの時期の縁起物かはよくわからないけれど、

南天のど飴も縁起物なのかなぁとぼんやりと思う。


私は何者かになりたい若者だ。

まぁ、とにかく何者かになって、有名になってお金を得たい、

そんな俗っぽい若者だ。

誰かの助けになろうなどということは、あんまり考えないし、

恋愛にすべてをかけることもできないし、

いわゆるその他大勢の若者のうちの一人ではあるけれど、

何かで一発当てて人生逆転してやろうと思っている。

しかも、楽な手段がいいと思っている。

まぁ、人生甘く見ている節があるのは、否定しない。

一発逆転してお金が転がってくるのならば、

みんなその手段をとるだろうってのはすぐにわかる。

一発逆転に夢を見ているのはよくわかっているけれど、

その夢をかなえたいとも思っている、

甘ったれた若者だ。

まぁ、年上の皆様から見たら、

説教の一つや二つしたくなるような危なっかしい若者だ。

自覚はあるけど、その生き方を変えることは今のところできない。


さて、私は動画配信などということで一発逆転を狙っている。

最近の流行りなのかどうかはわからないけれど、

顔を見せなくても歌が上手ければバズるという風潮がある。

いわゆる、歌ってみた、などである。

歌だけで動画の再生回数が伸びるのであれば、

そこから収入が得られるかもしれない。

私の歌がどんどん有名になって、

顔を出さない謎の歌い手として、

私は何者かになれるかもしれない。

私の歌が聞かれることによって、

私に収入が入ってくるかもしれない。

音源としてリリースされればもっと収入が見込める。

私は何者かになれると同時に収入がどんどん入る。

これが私の描いた一発逆転の筋道だ。

とにかく歌を歌えばいい。

その動画を投稿すればいい。

私は何者かになる最初の一歩を踏み出した。


投稿したはいいけれど、再生はほとんどない。

批判コメントすらつかない過疎動画だ。

動画投稿のために機材を揃えてみたけれど、

今のところそれらの分は赤字だ。

あーあと思う。

気持ちを切り替えて、歌の練習をしまくってから、

歌ってみた動画を投稿する。

多分練習が足りなかったのだなと思う。

技術がないから聞かれなかったんだと思う。

あとは、知名度もない。

技術を磨きつつ、つながりをもっと作るようにする。

私の歌は聞かれれば刺さるはずと思い始めていた。


練習のし過ぎで、喉がガラガラになった。

ガラガラになった喉を南天のど飴で癒しつつ、

しばらく歌ってみた動画が投稿できない旨を、

ライブ配信をしてみた。

顔は隠していて、声もガラガラだ。

そんなライブ配信に結構な人数が来てくれた。

気が付いたら私にはこんなにファンがいた。

いつの何か私は歌い手になっていた。

一発逆転ほどではないけれど、

私は何者かになれていた。

ガラガラの声を心配してくれる友人がいた。

また歌ってくださいと言ってくれるファンがいた。

難が転じた。

人生は甘いものではなかったけれど、

努力して歌の練習をして技術を磨き、

機材をそろえて聞かせるように編集し、

いろいろな人とのつながりをちゃんと作っていき、

私が逆転しようとコツコツ積み重ねてきたことが、

ゆるりといい方向に転じている。

どんな人生であっても、

完璧に人生イージーモードじゃない。

歌ってみれば楽に逆転できるかと思っていたけれど、

歌うこと、その他のことにも、たくさんの努力を重ねて初めて、

人生はゆるりと難を転じていく。

ガラガラの声でライブ配信をしながら、

のど飴をなめる。

視聴者に、喉にいいものがあったら教えてくださいと語り掛ける。

チャットにメッセージがたくさん流れていく。

また、歌おう。

一発逆転でなく歌を待つみんなのために。


南天は難を転じるらしい。

南天のど飴もきっと難を転じてくれている。

喉がよくなったらどんな歌を歌おう。

歌はきっと年を重ねても歌っていける。

若者でなくなって、

私もそのうちどこかに就職するのかもしれない。

それでも歌うことは続けられる。

南天のど飴をおともにして、

ゆるっと難を転じて歌っていこう。


結局、最初から何者かではあったんだ。

逆転しなくても私の人生は充実していたんだ。

やってみなくちゃわからないこともある。

これもまた、転じ続ける人生ってやつかもしれないね。

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