ここにあるのは夢の亡骸。
あれほど光り輝いていた、夢の、亡骸だ。
私は夢を見ていた。
将来に希望を持っていた。
私は何でもできるような気がしていた。
夢はかなえられると信じていた。
努力をすれば必ず夢はかなうと信じていた。
夢がかなわないのは努力が足りないからだと思っていた。
私は特別なのだと思っていた。
私は必ず夢をかなえると信じていた。
夢は少し遠くで光り輝いていた。
私は夢に手が届くと信じていた。
あの輝く夢に手が届いて、
私は夢と一体化できると信じていた。
夢と一体化して、素晴らしい私になれると信じていた。
全ては、過去の話だ。
幼い頃から、夢を見てきた。
たくさんの希望を持っていた。
成長するに従い、かなえられないことがあることを知る。
世の中は善悪だけでないことを知る。
夢をかなえるには障害がつきものと思っていたけれど、
その障害には理由があることを知る。
障害を弾き飛ばしてしまうことが、
誰かにとって良くないことだと知る。
私だけが生きているわけでないことを知る。
私という人生の主人公は私だけど、
みんな、それぞれの人生を主人公として生きていることを知る。
希望がかなえられないことがたくさんあることを知る。
夢を見続けることの難しさを知る。
夢を見続けることの難しさを知った頃から、
急速に夢は輝きを失い、弱っていった。
あんなに輝いていたのに、
その光が失われて、
夢は力を失っていく。
大人になってから、
夢を見続けることができなくなった。
あの頃なりたい自分にはなれなかった。
あれほど希望を持っていた未来はやってこなかった。
夢見ていた自分にはなれなかった。
輝く夢と一体化して、素晴らしい私にはなれなかった。
夢はいつしか見えなくなっていた。
私は日々の暮らしに忙殺されて、
夢のことを忘れてしまった。
将来なんていつもの日常の繰り返し。
そしてやがて老いていく。
いつか何かで死ぬ。
それが私の人生なんだろうなと思う。
ある日、家の中を片付けしていたら、
夢見ていた頃の落書きを見つけた。
こんな自分になりたいということがたくさん書かれていた。
ああ、こんな夢を見ていた。
私は夢を思い出そうとする。
思い出そうとするけれど、
あの頃のように輝く夢が思い出せない。
なんであの頃はすぐに輝く夢を思い描けたのに、
今はまったく思い出せないんだろうか。
年をとったからだろうか。
単調な日常を繰り返していたからだろうか。
私は夢を思い出そうとする。
夢は、気が付いたら干からびた亡骸になっていた。
幼い頃に描いた未熟な夢の姿は、
輝きを失って亡骸になっていた。
私は夢を描いた落書きを抱きしめる。
それは夢の亡骸だ。
あれほど輝いていた夢の、
忘れられてしまった夢の、
悲しい亡骸だ。
私は落書きを抱いて泣いた。
夢はもう戻ってこない。
あの頃の未来に夢は連れてくることができなかった。
努力だけではどうしようもなかった。
自分の力だけでかなえられるものでもなかった。
私は夢と一体化する素質がなかった。
夢は私を照らしていたけれど、
私が夢を諦め始めたときから、
夢は死に向かっていった。
そして、気が付いたときには、
夢はすでに亡骸になっていた。
私が夢を殺した。
あれほど大事にしていた夢を殺した。
私は罪悪感と、永遠に失われた夢のために泣いた。
夢の亡骸を抱きしめて、
私はかなえられなかった夢を弔う。
輝く夢の在りし日の姿を思う。
今まで忘れていた夢を、
もうかなえられないとわかっている夢を、
亡骸とともにしっかり弔うことにしよう。
これは夢を弔う葬儀。
私が忘れて殺してしまった夢を弔う葬儀。
夢を諦め切る儀式。
そして、過去の私に別れを告げる儀式。
私はもう夢を見ることができない。
もう、悲しい思いはしたくない。
夢の亡骸は丁重に葬ろう。
あの時の私を照らしてくれてありがとう。
かなえられなくてごめん。
忘れてしまってごめん。
殺してしまってごめん。
夢の亡骸は何も言わない。
死んでしまった夢は、もう、私を照らすことはない。
その事実に私は絶望して慟哭した。