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第153話 絵本の記憶とお風呂

そういえば、お風呂が好きになったのは、

あの絵本があったからだと、

疲れた身体を湯船に浸しながら思う。


その絵本は、子どもがお風呂に入っていると、

お風呂の中にいろいろな動物たちが出てきて、

みんなでお風呂を楽しむというものだ。

カメもいたな、ペンギンもいた。

カバもいたような気がする。

家の小さなお風呂が絵本の中では広く楽しいお風呂になり、

動物たちと身体を洗ったりシャワーを浴びたり、

湯船に浸かって数を数えたり、

それはそれは楽しい絵本だった。

私はこの絵本を幼い頃に読み聞かせしてもらって、

すぐにお風呂が大好きになった。

親と一緒にお風呂に入っていて、

幼いからお風呂のおもちゃなども一緒に入れて、

私の中では絵本に負けないくらいの楽しいお風呂になった。

親も楽しげに付き合ってくれて、いつも笑顔だった。

身体がピカピカになって、ホカホカになる、

お風呂が大好きになった。


今、私はとても疲れた大人になった。

ひどい人生を過ごして疲れたわけでなく、

いわゆる普通の人生を過ごしてきて、

一応仕事も持っていて、

その仕事で毎日疲れている程度の疲れた大人だ。

幼い頃は疲れなんて知らなかったなぁと思う。

毎日が楽しかった。

とにかく走り回って、新しいことがいっぱいで、

友達とは時々ケンカもするけれど、

おおむね仲良しだった。

幼い頃はエネルギーに満ちていたなと思う。

まぁ、これまで生きてきて、普通でないこともあったかもしれないけれど、

私はだいたい普通とされる人生を送ってきて、

いわゆる常識のレールをはずれなかったものだなと思う。

ありきたりな大人になったけれど、

それはそれでいいかと思う。

そして、ありきたりで疲れた大人には、

やはりお風呂がとても効く。


仕事を終えて帰ってきて、

毎日一人暮らしの部屋のお風呂に浸かる。

実家とは違って狭いお風呂ではあるけれど、

やはり湯船に浸かると疲れの取れ具合が全然違う。

幼い頃にはいろんな動物たちがお風呂に来てくれた。

親からすれば空想とされるかもしれないけれど、

私にとっては、たくさんの動物のお友達が来てくれていた。

疲れた大人になっても、

お風呂に入ると、たくさんの動物のお友達が来てくれる。

大人って大変だねと声をかけてくれたり、

いつの間にか広々としたお風呂の中でかけっこを始めたり、

クジラがシャワーをしてくれたり、

カバが泡を吹きだしたり、

ああ、お風呂はずっとあの時のままだと思う。

幼い頃の大好きな場所のまま、

ずっとお風呂はあり続けてくれている。

動物のお友達はいつもお風呂に来てくれている。

幼い頃のまま、私のそばにいてくれる。

私は疲れた大人になったけれど、

みんな変わらず無邪気で優しい。

お風呂は私が私に戻れる場所。

一番大好きな場所だ。


今夜もお風呂から上がって、寝るための身支度を始める。

お風呂の絵本は多分もう実家にもないだろう。

私が幼い頃のものだから、

ボロボロになって処分されたかもしれない。

何度も読み聞かせてもらった。

私がせがむと、親は何度だって読んでくれた。

そうだ、本屋に行ってあの絵本を探そう。

大の大人が絵本なんてと思われるかもしれないけれど、

あの絵本は私にとって特別なものだから、

この部屋にも置いておこうと思った。

お風呂が大好きになったあの絵本を、

また、読み返そう。


私はあいかわらずお風呂が大好きだ。

絵本でお風呂が大好きだったあの子も、

たくさんのお友達の動物たちも、

幼い頃から変わらず大好きだ。

明日にでも本屋に行こう。

そして、絵本にまた会おう。

みんな絵本の中でも待っていてくれている。

私は気持ちよく眠りにつく。

疲れはすっかり取れていて、

ぬくぬくとした身体が気持ちいい。

まどろみの中で、絵本のみんなが、

また、お風呂で待ってるからねと笑っていた。

明日も、大好きなお風呂でみんなに会おう。


お風呂は大好きな場所。

幼い頃からのお友達に会える場所。

そして、私のすべてが元の形に戻れる場所。


やっぱり、私はお風呂が大好きだ。

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