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第149話 水平線のない海

この海は空とつながっている。


海で死んだという、あの人を弔うために、

私はとある海にやってきた。


あの人は大切な人だった。

ただ、大切な人ゆえに、私がそばにいてはいけないと思った。

私はあの人から離れ、

あの人はあの人の人生を生きて、

縁が離れてしばらくの年月が過ぎた頃、

あの人が海で亡くなったと聞いた。

実感がわかないけれど、

言葉にできないほどの喪失感があった。

あの人はいない。

この世界のどこにもいない。


私はしばらく抜け殻のように過ごした。

あの人が世界のどこかにいることが、

私の生きる希望だったのだと今更思う。

あの人は大切な人だった。

大切な人がどこかで笑顔でいてくれる事実。その可能性。

それらが私を生かしてくれたのだと思う。

あの人は永遠に失われた。

私の中でとても大きなものが失われた。

あの人の存在は、遠くにあっても、

私にとってそれほど大きなものだった。

そばにいるべきだったのだろうか。

私はそれを否定する。

あの人はあの人の輝く人生があった。

私はそれを邪魔するべきではなかった。

しかし、それが失われたのは。

あの人が海で亡くなったのは。

私から離れたからだろうか。

私がずっとそばにいれば、あの人は失われなかっただろうか。

私の思考は堂々巡りをする。

あの人が失われたのは事実なのに、

私に何ができただろうかと堂々巡りをする。

それは、苦しく、つらい。

私の中にいくつもイメージがよぎる。

そばにいた頃のあの人。

笑顔が素敵だったあの人。

そして、あの人を奪った海。

海のイメージが私によぎる。

あの人が海で亡くなったのならば、

海に行ってあの人を弔おう。

私はようやく、その考えを持つことができた。


あの人の死の姿を見たことがないまま、

私はとある海にやってきた。

私の暮らしているところから、

どこをどう、たどったか覚えていない。

ただ、海に向かおうと思っていた。

普通は海に向けての地図がある。

カーナビみたいなものも使うのかもしれない。

ただ、私は海に向かっていくということだけを考えていたら、

いつの間にか海にやってきていた。

その海には水平線がなかった。

海と空が遠くで繋がっていた。

海の青と空の青が区切られていなかった。

海と空は緩やかにつながっていて、

境目が全然見えなかった。

霧や靄ではないようだ。

ただ、つながっている。

私はなんとなく、この海であの人が亡くなったのだと感じる。

海で亡くなったのかもしれない。

同時に空でも亡くなったのかもしれない。


私は持ってきていた、あの人への弔いの花を海に投げる。

ありきたりな仏の花ではなく、

大きな花束を作ってもらって、

花束を解いて、花をたくさん海に投げ入れた。

海に花を投げると、波が寄せて返して、花を飲み込んでいった。

海は花を飲み込んで遠くに持って行く。

どんどん遠くに行くと、

やがて空とつながって、

投げ入れた花は空へと上っていった。

海と空は境目がない。

だから海に入れた弔いの花は空へと上っていく。

水平線がないから、境目なく花が上っていく。

この海であの人が亡くなったのならば、

あの人は海から空へと上っていくだろう。

そして、私の弔いの花も届くだろう。

私の思いも届くだろうか。

あの人を大切に思うゆえに離れた、

私の思いも届くだろうか。

あの人が笑顔でいてくれたらいいとずっと思っていた。

私の知らないところで幸せでいてくれればいいと思っていた。

海と空の繋がっているここならば届くだろうか。

海で亡くなったあの人のところまで思いが届くだろうか。


弔いの花が空へと上っていき、

その弔いの花を手にする人影があらわれる。

海とつながった空に、あの人がいる。

あの人は微笑んでいる。

その微笑みですべてが通じた。

私はやっと、あの人が亡くなったことを受け入れられた。


空と海がつながったこの場所で、

私はあの人に別れを告げた。

ありがとう。そして。さよならと。

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