この海は空とつながっている。
海で死んだという、あの人を弔うために、
私はとある海にやってきた。
あの人は大切な人だった。
ただ、大切な人ゆえに、私がそばにいてはいけないと思った。
私はあの人から離れ、
あの人はあの人の人生を生きて、
縁が離れてしばらくの年月が過ぎた頃、
あの人が海で亡くなったと聞いた。
実感がわかないけれど、
言葉にできないほどの喪失感があった。
あの人はいない。
この世界のどこにもいない。
私はしばらく抜け殻のように過ごした。
あの人が世界のどこかにいることが、
私の生きる希望だったのだと今更思う。
あの人は大切な人だった。
大切な人がどこかで笑顔でいてくれる事実。その可能性。
それらが私を生かしてくれたのだと思う。
あの人は永遠に失われた。
私の中でとても大きなものが失われた。
あの人の存在は、遠くにあっても、
私にとってそれほど大きなものだった。
そばにいるべきだったのだろうか。
私はそれを否定する。
あの人はあの人の輝く人生があった。
私はそれを邪魔するべきではなかった。
しかし、それが失われたのは。
あの人が海で亡くなったのは。
私から離れたからだろうか。
私がずっとそばにいれば、あの人は失われなかっただろうか。
私の思考は堂々巡りをする。
あの人が失われたのは事実なのに、
私に何ができただろうかと堂々巡りをする。
それは、苦しく、つらい。
私の中にいくつもイメージがよぎる。
そばにいた頃のあの人。
笑顔が素敵だったあの人。
そして、あの人を奪った海。
海のイメージが私によぎる。
あの人が海で亡くなったのならば、
海に行ってあの人を弔おう。
私はようやく、その考えを持つことができた。
あの人の死の姿を見たことがないまま、
私はとある海にやってきた。
私の暮らしているところから、
どこをどう、たどったか覚えていない。
ただ、海に向かおうと思っていた。
普通は海に向けての地図がある。
カーナビみたいなものも使うのかもしれない。
ただ、私は海に向かっていくということだけを考えていたら、
いつの間にか海にやってきていた。
その海には水平線がなかった。
海と空が遠くで繋がっていた。
海の青と空の青が区切られていなかった。
海と空は緩やかにつながっていて、
境目が全然見えなかった。
霧や靄ではないようだ。
ただ、つながっている。
私はなんとなく、この海であの人が亡くなったのだと感じる。
海で亡くなったのかもしれない。
同時に空でも亡くなったのかもしれない。
私は持ってきていた、あの人への弔いの花を海に投げる。
ありきたりな仏の花ではなく、
大きな花束を作ってもらって、
花束を解いて、花をたくさん海に投げ入れた。
海に花を投げると、波が寄せて返して、花を飲み込んでいった。
海は花を飲み込んで遠くに持って行く。
どんどん遠くに行くと、
やがて空とつながって、
投げ入れた花は空へと上っていった。
海と空は境目がない。
だから海に入れた弔いの花は空へと上っていく。
水平線がないから、境目なく花が上っていく。
この海であの人が亡くなったのならば、
あの人は海から空へと上っていくだろう。
そして、私の弔いの花も届くだろう。
私の思いも届くだろうか。
あの人を大切に思うゆえに離れた、
私の思いも届くだろうか。
あの人が笑顔でいてくれたらいいとずっと思っていた。
私の知らないところで幸せでいてくれればいいと思っていた。
海と空の繋がっているここならば届くだろうか。
海で亡くなったあの人のところまで思いが届くだろうか。
弔いの花が空へと上っていき、
その弔いの花を手にする人影があらわれる。
海とつながった空に、あの人がいる。
あの人は微笑んでいる。
その微笑みですべてが通じた。
私はやっと、あの人が亡くなったことを受け入れられた。
空と海がつながったこの場所で、
私はあの人に別れを告げた。
ありがとう。そして。さよならと。