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第147話 山はまだ眠っている

山は雪をかぶっている。

まだ山は眠っている。


私は都会に疲れて、田舎暮らしにあこがれて、

この山の麓の田舎にやってきた。

限界集落というものにも挑戦しようかと思ったが、

どうにも都会が抜けきれないなと判断し、

自家用車さえあればある程度の生活ができる、

ほどよい田舎に落ち着いた。


最初は極端から極端へと振り切ろうとした。

都会の中心にいてこんなに疲れたのだから、

本当に何もない田舎ならば癒されるに違いないと。

田舎ののんびりした時間の流れ方や、

田舎に暮らす住民のあたたかさで癒されるに違いないと。

それでとてつもない限界集落を考えたが、

移住を相談した役所の担当者が、

さすがにそれはやめた方がいいですよと、

やんわりと方向転換を促してくれた。

都会の感性でイライラカリカリしていた私は食い下がろうとしたが、

役所の担当者は、ほどよい田舎の隣町を紹介してくれた。

山の麓であるけれど、

自家用車さえあればいろいろなところに行けるし、

買い物に困ることもなく、

田舎特有の村意識的なものも薄いところであるそうだ。

都会で暮らしていたのだから、

いきなり農家になったとして上手くはいかないと思うと、

役所の担当者は言ってくれた。

私は都会暮らしに慣れ過ぎていて、

そこまで考えが及んでいなかったのだと、

思い至り、反省した。

役所の担当者は、隣町の役所の担当者と連絡をつないでくれて、

そこからはトントン拍子に移住が決まった。


山の麓のほどよい田舎町に暮らし、

毎日山を見てから朝が始まる。

山の麓なのでそれなりに雪の降る冬もあるが、

豪雪地帯というほどでもなく、

暮らしやすい、いい田舎町だ。

私は田舎町の小さな会社に通いつつ、

都会でくたびれた心身を癒している。

満員列車など縁のない町だ。

あれは相当なストレスだったのだと今更思う。


山を眺めて朝が始まり、

天気によって山の表情が変わるのを見る。

山に雲がかかっていることもあるし、

太陽が出ている日には、キラキラと笑っているようでもある。

今は冬。山は雪をかぶって眠っている。

山の麓に暮らしているけれど、

あの山には登ったことがない。

そもそも登山できるような山なのかも知らない。

山にもいろいろあるだろうとは思う。

あまりにも険しくて登山できない山もあるかもしれない。

登山することが観光資源になっている山もあるかもしれない。

私がいつも眺めている山はどんなものなのだろうか。

私はぼんやりと山に思いをはせる。


山は雪をかぶっていて、

山は多分眠っている。

山に暮らすたくさんの生き物も眠っている。

クマやイノシシがいるかどうかはわからないけれど、

そんな生き物もあまり動かずに眠っているだろう。

多分山にはたくさんの木々や草花があるけれど、

それらもすべて眠っているだろう。

麓から見てあれほど白いのだから、

あの山は相当雪が深いだろう。

その雪をかぶった山で、たくさんのものが眠っている。

たくさんの命を眠らせながら、山もまた眠っている。

山の懐でいろいろな命が休んでいるのかもしれない。

多分冬はそんな季節だ。


眠る山を眺めて朝が始まる。

深呼吸すると息が白い。

山の麓のこの田舎町もかなり寒い。

このほどよい田舎町の暮らしにもだいぶ慣れてきて、

毎日が心地いい。

このくらいほどいいところがよかったんだなと私は思う。

山の懐に抱かれているのは、

麓の私も、なのかもしれない。


さて、会社に出かけよう。

眠る山に見守られながら、

私の田舎町の日常が今日も始まる。

この山の麓を選んでよかったと思う。

それと同時に、

この山が私を呼んでいたのかもしれないとも思う。

どちらにしても、心地いい生活ができているのだから結果良しとしよう。


きっと山は穏やかな夢を見ている。

その山を見ていると、私も自然と笑みになった。

春はきっと遠いことではない。

山も私も、そのことを感じている。

山が目覚めて笑うのも、もうすぐだ。

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