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第140話 意思の疎通がズレるこいつは誰だ

なぜか話が通じない。

こいつは本当に俺の知るこいつなのだろうか。


最初は少しのズレだったように思う。

何か話をしていて、なんだか話が合わないなと思って、

少し修正をしたら、それで意思の疎通ができた。

ほんの些細なズレで、修正も容易だった。

俺とこいつは、その程度のズレだと笑ったものだった。

ただの勘違いだろうとその時は思っていた。


ズレはだんだん大きくなっていった。

俺が何か話しても、見当違いの答えが返ってくることが増えていった。

最初は見当違いの答えも、

ある程度、俺の話していたことに沿うものだった。

そうじゃないんだと修正もできた。

ただ、だんだん、

見当違いの答えが、どうしてそうなったのかわからない方向に行った。

俺が修正を入れていっても、

こいつはどんどん見当違いの方向の答えを出していった。

徐々に修正が追い付かなくなっていった。

意思の疎通がズレていく。

俺の言っていることが通じなくなっていく。

こいつは一体どうしてしまったんだろう。


俺は、こいつの言葉を修正せずに、

俺なりに記憶しようとした。

こいつのズレがどうして起きているのか、

俺とこいつがどうしてズレてしまったのか、

その答えがあるかもしれないと思った。

もしかしたら、俺の方がズレているのかもしれないし、

ズレたこいつの方に何か法則があるのかもしれない。

そう思いながら、俺はこいつに言葉をかけていった。


こいつのズレは、こいつの経験してきていないズレであることがわかった。

俺とこいつのつきあいは長い。

ある程度こいつの経験してきたことはわかる。

ただ、こいつから聞いたことないような経験や言葉のズレが起きている。

こいつの記憶にないようなズレが起きている。

言ってしまえば、俺の覚えている限りのこいつにない記憶だ。

こいつの中に何かの意識が来ているような。

俺はそんな感じを受けた。


俺は、ズレているこいつに話しかけた。

「おまえは誰だ」

こいつは答える。

「明日の天気は晴れるらしいよ」

俺はさらに尋ねる。

「おまえは誰だ」

「晴れれば見通しがよくなるね」

「おまえは誰だ」

「敵を倒すには、やっぱり見えた方がいいからね」

「おまえは誰だ」

「名前のある奴を狩ると、名前を持てるからね」

「おまえは誰だ」

「まだ名前はないよ。君と同じように」

ようやく意思の疎通ができたと思ったら、

俺に名前がないという。

俺の方がおかしいのだろうかと思って、

俺は俺の名前を思い出そうとする。

すぐに思い出せた。

そして、こいつの名も思い出せた。

俺は、俺の名とこいつの名を告げる。

名前を思い出した瞬間、

こいつのズレが修正された。

俺とこいつの中にあった歪みがなくなった。


こいつは悪い夢でも見ていたかのように変な顔をしている。

名無しの暗闇にいろいろ食われているようだったとこいつは言った。

俺が名前を告げなければ、

名無しの存在に食われていて、

こいつは名無しのままでズレていっていたのかもしれない。

俺は、こいつにもう一度名乗る。

こいつは、思い出した名前を名乗る。

俺とこいつは名前を知っている。

名無しではない。


俺とこいつの間に、もう、意思の疎通がズレることはない。

名無しのよくわからないものが、俺たちをずらしていくことは、もうない。

ただ、あのよくわからないズレが、

一体何だったのかはまだよくわからない。

姿が同じままズレていくという経験は、

気持ち悪いものだったなと、俺は思う。

訳の分からないズレた存在は、

知らないうちに近くにいるのかもしれない。

できれば、二度と遭遇したくないものだと俺は思う。

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