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第135話 洗濯物と母

洗濯物をたたむ母の姿をよく覚えている。


母の記憶は、いつも洗濯物とともにあったように思う。

典型的な主婦だったか、

あるいは、世間一般がどうなのか、

そのあたりはよくわからないけれど、

母はよく洗濯をしていたように思う。

洗濯こそ洗濯機で回すものだけど、

丁寧にしわを伸ばして洗濯物を干したり、

晴れた日は早くに起きて洗濯物をしっかり乾かしたり、

雨の日も洗濯は欠かさずに、

コインランドリーでしっかり乾かしてきたり、

毎日しっかりと洗濯をして、乾かして、

そして洗濯物をしっかりたたんでしまう。

夕方になる前に洗濯物を取り込んで、

まだ明るい部屋で洗濯物をたたむ母の姿を覚えている。

どの衣類も丁寧にたたんでいて、

衣類が誇らしげに見えたものだった。

幼い私は母の背中に抱き着く。

母はお日様の匂いがした。


母には、私をはじめとした娘が三人いた。

基本、女の子は身だしなみを気にする。

昨日と同じ衣類など着ない。

だから洗濯は毎日だったと思う。

父親もよく着替える人だった。

いろいろと汚れる仕事をする人で、

なおかつ、仕事を終えたらスポーツをするようなパワフルな人だった。

仕事の衣類とスポーツの汗の衣類、

とにかくそれが毎日出るのだから、

なおさら洗濯が毎日になった。

洗濯機がいくら自動だとはいえ、

母は大変だっただろうなと今になって思う。


パワフルだった父は、ある程度の年齢になってから、

母を置いて亡くなった。

スポーツの後に結構な量の晩酌をする人だったけれど、

肝臓でなく、別の病気で亡くなった。

私たち三姉妹は、それぞれ伴侶を見つけて、

実家を出て行った。

母とはよく連絡を取り合って、

三姉妹して近況をよく話す。


嫁ぎ先で、私は洗濯をしている。

夫の分と自分の分だけど、

それよりもっと大量の洗濯物を毎日干していた母の偉大さを思う。

洗濯物を干していた母の背中に抱き着いたとき、

お日様の匂いがしたけれど、

背中がとても大きかったことも思い出す。

親の背中はとても大きい。

その背中を目指して歩んでいくけれど、

追いつけないと思うほど大きい。

お日様の匂いのする背中は、

底抜けに優しくて、すべてを許すようだ。


母は今でも実家で毎日洗濯をしているらしい。

洗濯物が少なくなったと笑っていた。

母は少し小さくなったように見えるけれど、

その背中はあいかわらず大きく見える。

抱き着くことはなくなったけれど、

多分今でもお日様の匂いがするものだと思う。

母はお日様そのものなのかもしれない。

家族の中心で笑っていたのは母だった。


陽だまりの中で洗濯物をたたむ母の記憶。

あたたかな母の記憶。

記憶の母の近くには、たたまれた私たちの衣類があって、

衣類は誇らしげに見える。

どの衣類もしわがなく、

どこに出しても恥ずかしくないほど整えられている。

私たちもそんな風に育てられたのかなと思う。

母が私を誇りに思うかはわからないけれど、

少なくとも、衣類はしっかりと整えたものを準備してくれていた。

毎日洗濯して、しっかりきれいにしてくれていた。

その衣類を着て、誰にも恥じないようにと送り出してくれた。

記憶の母はひだまりで洗濯物をたたむ。

その背中はいつでもあたたかく、お日様の匂いがして、大きい。


あの頃の母を越えることは、

しばらくできそうにない。

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