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第22話 どこか

「お前もどこかへ行きたいんだな」

そう言っているこいつは誰だろう。


「俺もどこかへ行きたい」

「お前は誰だ?」

「俺は俺さ。どこかへ行きたいと思っている男だ」

「それだけか?」

「俺はお前じゃない、けれど、似たようなことを考えている」

「それだけか」

「それだけさ」


「どこかへ行くと、忘れられる気がするんだ」

「何をだ?」

「なにもかもさ」

男はそう言った。

「現にお前は、俺のことも忘れている」

「…ああ、忘れている」

「どこかへ行ってきたんだ。お前は」

「もう行ってきているのか」

「そう、そして戻ってきてしまったんだ」

「悲しいな」

「悲しいのか」

「ああ、悲しいさ。どこかへ行きたいと願っているのにな」

「行ったら帰ってきてしまうものさ」

「そうなのか?」

「そうなのさ」

男はそう言った。


「全てを忘れてもなお、帰ってきてしまうものさ」

「それでも、どこかに行きたいさ」

「行けばまた、忘れてしまう」

「お前のこともか?」

「そう、俺のこともな」

「それは悲しいな」

「そうか、悲しいのか」


話している男が、

ふっと立ち上がった。


「俺もどこかに行きたいさ」

「ならば行けばいい」

「俺はだめだ」

男は口の端で微笑んだ。

「お前を待つんだ。帰ってこられるように」

「…」

「お前のことを覚えているんだ。それが俺の役目だ」

「…」

「俺はここにいる。お前がどこに行っても、ここにいる」

「お前は、なんなんだ?」


男は微笑んだ。

「忘れちまったんだろ?」

それは透明な微笑だった。

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