あれは、まだ幼さの残るころだったと思う。
鬱蒼とした森を、私はいつも通っていた。
…そう、思い出してきた。
いつも自転車でそこを通っていた。
そこを通ると学校への近道だから。
朝でも帰りでも暗く鬱蒼とした森の中、一応舗装されている道だった。
5月のころになると…
その鬱蒼とした森の中に、
たくさんの藤の花が咲くようになる。
多分、藤の花で有名な観光名所になんか及ばない。
それでも、幼い私は、
その藤の花の森を通って学校に行った。
その藤の花の群れが、
私は好きで、
いつか卒業しても、
また来ようと思った。
そして、瞬く間に10年以上が過ぎた。
あれからいろいろと電子機器は発達し、
デジカメも私の手元にある。
あの藤の花の群れを撮影しに、
ある5月、私は、あの道を目指した。
道の入り口は覚えている。
その道を辿って行って私が目にしたのは、
申し訳程度に残る木々と、
さらしだされた土の丘。
切り倒された木のにおいが新しい。
あたりにいちめんに木のにおいがした。
鬱蒼とした森も、
藤の花もどこにもなかった。
遅かったのか…
さらけ出された土と、あのときのまま舗装された道の上、
私は呆然とした。
切られた木のにおいがする。
もう少し早ければ。
せめてあと1年早ければ。
噂ではそこは、住宅か何かが建つようだ。
時間が過ぎたあと。
変わってしまった場所があった。
時間が過ぎたあと。
どこか変わらない私がいた。