『名前を入力してください』
目覚めると、私の目の前にはゲームに出て来るような青白い画面が現れていた。
「名前を入力? いったい何が起きているの?」呆然としながら、私は青白い画面を覗き込んだ。
すると、突然、頭の中に『白いトラック』と『五人組の強盗』というワードが浮かび上がった。
たちまち、私は戦慄した。
「そうだった……。私は仕事帰りに死んでしまったのだっけ?」
それは、ほんのちょっと前の出来事。確かに言えることは、私はあの時死んでしまったということだけ。
メッセージ画面は、静かに私が名前を入力するのを待っているようだった。
私は死んでしまい異世界にでも転生するのだろうか? 最近、ネットでよく見る漫画やアニメの展開に似ているな、と他人事の様に思ってしまった。
「浜崎マリアよ」私はメッセージ画面に向かって呟いた。
死んでしまったのは仕方がない。今は、この状況を受け入れようと思ったのだ。何の抵抗もなく、私は自分の名前を呟いていた。
すると、メッセージ画面は、警告音と共にまるで怒ったように赤く点滅し始めた。
『偽名は受付出来ません。真名をご入力ください』
私は、口元が引くつくのが分かった。
「それは以前の名前だったわね。ごめんなさい。今は倖田アユミだったわ」ニッコリと満面に笑みを浮かべながら私はメッセージ画面に呟いた。
すると、メッセージ画面から先程よりも激しい警告音が鳴り響き、赤色の明滅は更に激しさを増した。
『エラーが発生しました。真名の入力は三回までとなります。次に虚偽申告をした場合、貴方は転生の権利を喪失します』
「私にとっては、倖田アユミこそが真名なのですけれども?」
『本名を入力してください。それ以外は認められません』
本名……本名ですって!? 私は頬に熱を帯びるのを感じた。心の奥底からは憤怒の感情が込み上がって来るのが分かった。
それだけは口にすることは出来ない。何故なら、私は……!
一瞬、その名が喉元まで出かかるも、私は必死に口を押えてその流出を食い止めた。
『あと十秒以内に真名の入力を行わなければ転生の権利を放棄したものと見なし、貴方の次の転生先はプランクトンか何かになってしまう可能性が……』
急かすように脅迫めいたメッセージが画面に現れた瞬間、私は観念した。
「分かったよ! 私の名前は山田捨三、四十六歳だよ! ゲイに恥をかかせんじゃないってのよ!」
私は、ゲイバーでの仕事帰りにトラックにはねられそうになるも、それを寸前で回避した後、帰り道で五人組の強盗に襲われつつも返り討ちにして家に帰ったのだが、そこで何気なくつけたTVのニュースで推しのイケメン俳優が結婚したことを知り、ショック死してしまったゲイバーのママである。
これより後、私は聖女に異世界転生してイケメンの聖騎士たちをつまみ食いしていくことになるのだが、その時の私には知る由も無かった。